(現代) 今日、花火があがるらしい。 風鈴の音と共に耳に入った言葉に、随分と夏らしくなったなあと思っていると、家康さんが私の後ろにある檜の箪笥を指差した。 「紺地に花の浴衣があったろう」 「はあ、ああ。確かに」 「あれを着ないか。」 「私だけ」 「いや、ならワシも着るよ」 ふーんと相槌を打つ。きっと明るい、日の色なのだろうなと想像していかにもこの人らしいと笑んだ。 午後六時に家を二人で出ると、通りには同じように浴衣を着た人々が溢れていた。 「意外でしたよ」 「うん?」 「家康さん、濃紺の縦縞着るなんて」 「この歳で明るい色だと、浮くだろう」 「それはまあ、そうですね」 ちらりと横目で家康さんを見れば、袂を寛げて団扇を扇いでいるところだった。 「こういうのは似合わないんだよ」 「そうですか?」 「うん。」 団扇の柄をくるくると回しながら言うので、はたしてどこまで本気なのか分からない。 私はそっとその動作を見留たあとで、ザッとひとの波を見た。 「賑やかだなあ」 露店の灯りを見て言ったであろう家康さんの言葉に頷いた。 川辺に設置された開催地ではもうずい分と人が集まっている。露店の並ぶ道すがらにも地面に座り込んでいる人が多々見えた。 「ほら、名前、向こうで見ないか」 「向こうですか」 「うん。」 少し外れた場所を指さされて少々戸惑った。 道を挟んで向こう側の川縁で、確かに人は居なくて見るには丁度良い案配だろう。 しかし浴衣で地面に座り込むのはどうかと思う。そのまま家康さんに伝えれば首を傾げてから、また指差した。 「船があるだろ、あれを借りる」 「ふね?」 「ああ暗くなってきたから見えないか。少し岸に乗り出すようにして一隻あるんだ。」 「それに乗って」 「そう。」 手を引かれて歩く。無駄で借りるのは心苦しいですよと言えば、毎年借りているんだよと返ってきた。受け答えになっていない気もするが、私は引かれるままに歩いた。 「暗いからな、足元に気を付けて」 「はい」 手をかりながら乗れば、小さな船で昔の渡船のように感じた。 「水の、」 隣にゆっくり腰掛けながら家康さんが話し始める。 「水の中から見る花火が好きなんだ」 「水の中、から」 「水面が揺らいでな、花火が見えたと思ったらくぐもった轟きがするんだよ。」 「それはまた、古風な味わいですね」 「無茶なだけだよ」 会話が途切れたため、視線をふと露店の方に向けた。灯りが賑やかに照っている。 「賑やかですね」 そう言ってみたが、何故だか妙な気まずさを感じて私はゆっくり立ち上がった。 「…飲み物買ってきます」 「待ってくれ名前」 「え」 立ち上がったとき、家康さんに手を握られ思わずバランスを崩した。 ぐらりと揺れる。咄嗟に家康さんは私の手を引いたが、傾く船に二人して川に落ちてしまった。 気泡が頭上をゆく。私を庇うようにして抱き締める家康さんの肩越しに花火があがった。 [prev|next] |