(現代) ふと揚げ物をしている油から目を離し、食卓で新聞を読む人を見た。 新聞を捲る指があんまりにもキレイだと、私は一回りも歳の違う人の指をじっと見てしまった。 「どうか」 松永さんが全て言い終わる前に目があった。何故だろうか、突然気恥ずかしくなって目を背けた。 「本か」 「へ」 「広告の」 「ああ、欄外のですか」 「卿はこのような本を好むだろう」 骨っぽい指がある一点を指す。 「それって、どんなお話なのでしょう」 「うむ、なんでも、若い男女の艶話」 「私、そんなの好んでませんよ」 酷いなあと呟けば、松永さんがまた指を差した。今度は私の隣。 「卿が広げている、新聞の小説はそのような内容だろう」 「これは、揚げ物をしているからで、見たくて見てるわけではないですよ」 「揚げ物か。その様子では私は食べないがね」 失敬な。旬の野菜と魚をつかってるのに。少しムカッとしながら揚げ物を見れば、望んだキツネ色とはほど遠い黒い揚げ物が浮かんでいた。 「あ、あーあ」 「卿には集中力が足りない」 「否定はしませんよ」 勿体なく思いながら新聞の上に乗せる。その時、油が広がって小説の文字が重なって見えなくなってしまった。 「…松永さん」 「ん」 「この小説ってどんな内容でした」 「やはり、好んでいる」 「違います。興味です」 「恥じる年齢でもない」 「初なんです」 野菜を菜箸で掴み、衣に浸す。 「で、どんな」 「実は読んでいない」 「はあ」 では冗談だったのか。酷いおやじだ。 そう思いながら野菜を油に入れようと掴んだとき、するりとキレイな指が火を止めた。 「夕飯、遅れますよ」 「油が悪くなっている」 「失敗しちゃいましたから」 「名前が」 振り向く。存外近くにあった顔に見惚れる。 「私の指を見ていたからだ」 右の耳を手が掠める。頬に冷たい手が添えられた。 「…骨っぽい、細い指ですね」 「歳故だ」 「うん、」 「卿の手は柔い」 「歳故ですよ」 「わかい」 自分の手を松永さんの手に添えれば、そのままずるずるとソファーへ引き込まれた。 「存外若くないのだよ」 「へえ」 松永さん越しに時計を見た。夕飯、どうしようか。 松永さんってどんなでしたっけ。欲しがれば良いのだしか思い出せません、私。 [prev|next] |