星の時計台 | ナノ
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「きゃう〜! あーん、また失敗ですよぅ」

宮廷の地下に設けられている厨房から、賑やかな少女の叫び声が響き渡った。


中央に置かれている作業台の前で、ライトブラウンの長髪の少女はうなだれていた。
普段はフリフリの沢山のレースをあしらったシルクのドレスを着ているためか、今のこの少女のラフな装いはかなり新鮮な印象を受ける。
やわらかそうな髪をおだんご風に結い上げて、衣服の袖をぐっとたくしあげている。

たどたどしい手つきで、けれど、いつになく真剣な表情でアナスティアは作業台の上に並べられたハートの形をしたチョコレートとおぼしきものにチューブのペンシルを使って文字を描いていた。



「あはっ アティちゃん、鼻のあたまにチョコレートついちゃってるよ?」

微かに苦笑して、あゆはアナスティアの顔を優しくこすってやった。

「……ありゃりゃ、頭のおだんごも崩れちゃったね。後で直してあげるね」


「あう、ごめんなさぁい。せっかくあゆが結ってくれましたのに……」

(うーん。アティちゃんて可愛いよなぁ、女の子って感じがして……
これであたしと瓜二つなんて、ありえないよねぇ)

申し訳なさそうに落ち込むアナスティアの様子を眺めながら、あゆは内心で微苦笑をもらしてしまった。








「……厨房が何だか騒がしいと思って来てみたら……
何をやっているんだい、お嬢ちゃんたち?」



ふいに、厨房から食堂に繋がる入口のあたりから聞き慣れた声が届いた。

はっとしてフリッジの前で作業を手伝っていたエルミナが、一瞬だけドキリとして後ろを振り返った。

厨房の入口付近の壁に手をついて怪訝な様子で立っていたのは、淡い紫色の髪を軽く結い上げて普段とは違うラフな装いをした琥珀色の瞳の青年であった。





「る、る、ルーカス様っ!? もっ 申し訳ございませんっ 仕事を中断してこのような――‥」

あわてふためきエルミナは深々と頭を下げる。



「おいおい、ミナ。俺は別に怒ってるわけじゃ……」

ルーカスは、唐突な彼女の行動に逆にたじろぎ頭を抱えていた。





「あっ ルーくん。やっほ〜!
軍服じゃないってことは、今日はお仕事お休みなの?」

そんなルーカスに気づき、あゆは無邪気な笑みを浮かべて話し掛けた。

「……あゆ? また君は……姫やミナを巻き込んで何をしてるんだ?」

「チョコ 今出来たの。はいっ、ルーくんにもあげるね」

義理だけど――とつけ足して、あゆは作業台のカゴに入れてあった小さな包みを取りルーカスの手にぽすんとのせた。

可愛らしいリボンで飾り付けられたその小さな透明フィルムの包みには、ハートの形や星の形をしたチョコレートが数個入っていた。


「はい?」

「バレンタインおめでとう。日頃の感謝を込めて……ね? それ、手作りなんだよ」

きょとんとほうけたルーカスの反応を余所に、あゆはにっこりと満面の笑みを浮かべてそう言った。








「はぁう〜 やっと出来ましたぁ――‥あゆぅ、見て下さいっ」

直後アナスティアの嬉しそうな声が響き、あゆはそのままくるりと踵を返して彼女の側に行ってしまった。

ルーカスは、しばらく唖然としてしまい固まったまま少女の背中を見送っていたが……。





「一体、何の騒ぎだい? 今日はほとんどの使用人は出払っているはずだけれど……」


「おい、ネオ。何がどうなっているんだ? 朝から姫の姿も、じゃじゃ馬娘の姿も見ないと思ったら……」


「っ、殿下!? それに、セオールまで……」


同時に現れた二人の姿に、ルーカスはまた驚いてそのまま固まってしまった。
金髪碧眼の青年と後ろに控えていた魔道士のローブを纏った風色の髪の少年は、怪訝な様子で入口付近の壁際に立ち尽くしていた。

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