星の時計台 | ナノ
Holly Snow Moon2


「月の神様は女の人だと思ってた。宮廷にあった歴史書をよく読んではいたんだけど……」

自らの肩に落ち着き体を寄せるミゥルの虹色に輝くふわふわとした背中を撫でながら、あゆはぽそぽそと話し始めた。

動物の体温が人間よりも高いのは聖獣とて何ら変わらない。
湖を吹き抜ける冷たい風に凍える体をあたためようと、肩先にいたミゥルを腕の中へと抱きすくめる。


「あったかいね……。こうしていると君の体温が伝わってきて、あぁ ちゃんと生きてるんだなぁって……ここにいるんだなぁって、切実に思うよ」

『……あゆ?』

微苦笑を漏らし虚空を見つめる闇色の瞳がふと悲しく揺れた。
とても悲しそうに言葉を紡ぐ彼女を不思議そうな眼差しをして見上げ、ミゥルはその名を呼ぶ。



「もう会えないし、抱きしめることも出来ないのに……つい思っちゃうの。そうしたらとっても悲しくなって、上手く笑えない……」

どうしても笑えない時はいつも一人でわだつみに来るんだ――‥あゆは自身に言い聞かせるようにそう呟くと、そしてまた……悲しく笑った。


『――‥きっと、君の大切なものはまた見つかるよ。そうだね……割と近いうちに“探し人”にも会えるかも知れないよ……』

「え? あたしが何かを探しているって、どうして……」

『ボク達はいつも君等を見ているから。無くした“ココロのカケラ”は、きっと君のすぐ近くにある――』


ふわりとミゥルが微笑んだ気がした。
虹色の毛に見え隠れする小さな銀色の角がキラキラと光る。

ミゥルがあゆの腕からするりと抜けその小さな肢体が再び宙に浮かび上がった時、湖の対岸にぼんやりと満月の色に酷似した光が人のカタチを取っていた。


暗闇に落とされた月光の如く見事な金色の髪を持った一人の青年が、こちらへ向けて歩いて来るのが見えた。


『……どうやら迎えが来たみたい。ボクがこうして君と話をしていることに痺れを切らせちゃったかな?』

皮肉を交えほくそ笑むように呟いたミゥルに、思わず苦笑を漏らしてしまった。





「ミゥル! 私に内緒で地上に降りてくるなんて……全く、オーディンに叱られるのは私なんだぞ?」

金髪蒼眼の青年はこちらにたどり着くなり複雑に顔をしかめてそう言うと、ミゥルを捕獲するために腕をのばした。

遠目でしかも暗闇の向こうにいたときにはわからなかったものの、真冬の風に揺れる金糸のような長い髪と美しくも強い意志を持った聖蒼の瞳――見た目は二十歳そこそこ。
そのスラリとしたしなやかな青年の容姿と人を引き付けるカリスマ性が、あゆのよく知るある人物のそれと重なる。







「今晩は、異界のお嬢さん。この子がお世話になったね」

ミゥルを肩に乗せ、彼はやんわりと微笑みながらそう言った。


「あゆ――。例えば何時どんな世界に……どんな場所にいたとしても、月の輝きは変わらないから……私は君や君の周りの人達のことも、いつも見ているよ」

「……ルミナリス……貴方が……」

「そう。私の名前はルミナリス。あの空に月が輝き続ける限り……私は何処にも行かないし、いつでも君を見守っているから」

だから元気を出して、笑って――もう一度優しい微笑みを湛え、ルミナリスは言った。
そっと少女の癖のある栗色の髪に触れ、彼女の額に唇を寄せる。





チャリ…

微かな金属音が、ふとした拍子にあゆの耳に届いた。

-2/3-

戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -