ルナミスの唄4
「……この谷の砂ってさ、不思議だよね。初めて見たときは砂浜みたいだなって思ってたんだけど、こうやって月の光に照らされると白銀(ぎん)色に輝くし、昼間は太陽の光に照らされて黄金(きん)色に輝くし……」
あゆはその場にしゃがみプラチナの砂を掬いあげた。
手の平からこぼれ落ちた砂が、さらさらと風に乗って流れるように舞っていく。
「あゆさんは“星の砂”ってご存知ですか?」
楽しそうに何度も両手で掬った砂を風に流す少女の様子を見つめ、リシュカはまた唐突にそんな質問を投げ掛けた。
「……星の砂? うん――あたしの住んでた世界でも、それはあるよ。星の形をしてる白い砂のことでしょう? これくらいの小さな瓶に入ってて、持っていると幸せになれるだったか願い事が叶うだったか……確かそんな風に言われてたかな」
指先で小瓶の大きさを示しながらあゆは答えた。
「ふふっ じゃあこれをあゆさんに差し上げます。持っていたら、何か良いことがあるかも知れませんよ?」
リシュカは再びやんわりと微笑み少女の側へと歩み寄ると、屈む形でそっと彼女の手を取った。
ころん。
あゆの手の平に小さなガラス瓶が転がる。
その中にはプラチナの輝きを持った少量の砂と、淡い青色の星のような形をした砂粒が入っていた。
「……これ、星の砂?」
「はい。この間、色々と文献を調べていたら気になってしまって……まぁ、たまたまなんですけどね。セオールさんには内緒でちょっと取り寄せてみました。星砂の色は様々らしいんですが、あゆさんは青色がお好きでしょう?」
にこにこと屈託のない笑顔を向けて、リシュカはさらっと問題発言を口にした。
「……あ、ありがとう。わっ 何だかすごく嬉しいかも……あたしが青色好きって、よく気づいたね」
「あはっ いつも青色や水色系のドレスを着ていらっしゃいましたし……それで、そうかなと」
ポリポリと後頭部をかき、少しだけ照れた様子で少年も答える。
「もうっ! りっちゃん大好きだよっ 流石あたしの癒し〜♪」
少女は破顔の笑顔を向けて屈んでいた少年の首に両手を回すと、ぎゅうっと少しばかり力を込めて抱きついた。
「わっ!? あぁあ あゆさん? 引っ張らないで…――」
あゆのそんな行動に慌てたリシュカは、プチパニック状態に陥り自らの首に回された彼女の細い腕に手を掛ける。
心臓の音が煩かった。あゆにとっては何気ない行為――
けれどあまりに慣れないこの状況に、リシュカはどうしていいのかわからなくなっていた。
そっと、壊れ物にでも触れるかのように意外にも胸の中にすっぽりとおさまってしまいそうな少女の華奢な背中に手を回そうとした。
その刹那。
ぐいっと何かに引っ張られてリシュカの体が後ろへとよろめいた。
「っ、ふえっ!?」
一瞬のことで思わず情けない声が漏れる。
「リ〜シュ〜カ〜っ! お前な、何お嬢ちゃんをタラシ込もうとしてるんだ?」
そうして現れたのは淡い紫色の髪と琥珀色の瞳を持った青年であった。
「えっ? る、ルーくん!?」
驚いてあゆは目を見張る。ほんの一瞬に目の前で展開された出来事に、ただ驚くばかりだった。
ギリギリと背後からリシュカの首に回されたルーカスの右腕に少しばかり力が込められる。
「にっ 兄さ……首っ 首、締まってますぅ〜!」
「煩い。この天然タラシ魔」
「何の話ですかぁ〜!?」
「………」
未だ続くネオ兄弟のやり取りに唖然となっていたあゆは、絶句してその光景を見ていた。
それからほんの僅かな時間差で大きなため息をつき頭を抱えながら木陰から姿を現したのは、淡い水色の髪と空に浮かぶ満月(フルムーン)を思わせる瞳の少年魔道士――セオールであった。
バコッ
彼は所持していたいつもの三分の一ほどの厚さの本を取り出すと、ほおけてマヌケ顔のままでいた少女のおでこにそれを投げつける。
「ぁ いった! ちょっ、何すんの!?」
「……こんな時間に何をしている、ジャジャ馬娘。この俺の目を盗んで夜遊びとはいい度胸だな?」
「………」
何様俺様口調のセオールの毒舌が飛んだ。
あゆは赤くなったおでこをさすり、あまりに幼稚で嫉妬まじりな少年魔道士の言動に笑顔が引き攣るのを感じた。
「……全く。兄さんもセオールさんも、素直じゃないんですから……」
やれやれと深いため息をつき、リシュカは独り言のように呟く。
「はいはいはい。イイコはオネンネする時間ですよ〜 さぁ、帰ろうねぇ。リシュカ」
いつものように軽い口調でそう言うと、ルーカスは再びリシュカの首に腕を回しそのまま彼を引きずるように引っ張って歩き出した。
踵を返しそれに習ってセオールも歩き始める。
「ちょっとぉ! 何なのよ、一体!? 待ちなさいよっ……てゆーか、二人ともつけて来てたのね! 変質者〜〜っ!!」
暗がりに見えなくなっていく三人の後ろ姿に向かい、あゆは叫んでいた。
「も〜っ!」
などと頬を膨らませ、おいてけぼりをくらった少女は複雑な面持ちでその後を追って走り出す。
ひらひらと風に煽られ舞っていく木の葉。
流れるプラチナの砂を掻き乱し、優しい光を湛えた月の光が
誰もいなくなった谷の景色を照らし出していた。