星の時計台 | ナノ
ルナミスの唄3


「……ちっ あのジャジャ馬め。この俺を謀ろうなどと、一万年早い……」

図書資料室の奥の部屋――。
光の精霊の力を借りて明かりを燈し、魔道書の写しをしていた少年は小さく舌打ちをしてボソリとそう呟いた。

暗がりではよく見えないが、闇と同色の黒い魔道士風のローブを纏い、明かりに照らされて浮かぶ髪の色は淡い水色。
本来のこの図書資料室の管理を任されている少年であり、先程から表の資料室より微かに聞こえていた二人の会話にも何度か名前が上がった人物であった。




「おーい、セオール〜 こんな大量の魔道書……本気で今夜中に全部写すのか?」

更なる奥ばった棚の陰から数冊の分厚い装丁の本を抱え、半ば呆れたような口調で姿を現したのは一人の青年だった。

彼は大きなため息をつき、机に向かって座っている少年の側まで歩み寄ると、抱えていた魔道書らしき本をドサリと無造作に置いた。

肩口まで伸ばされたシルクのように滑らかなライトパープルの髪をゆるくまとめ、チュニック状のシャツを着崩している。


「ネオ。誰が魔道書を乱雑に扱っていいと言った?」

そんな青年の名をあえて苗字で呼び、怪訝な面持ちでゆっくりと振り返ると、カタン。と、小さな音をたてセオールは椅子から立ち上がった。







「行くぞ」


「は? 行くって、何処に……」


唐突にそう告げられ、魔道士の少年の意図をすぐに理解出来なかった青年――ルーカス=ネオは、訝しげに眉根をひそめて琥珀色の瞳を瞬かせる。

セオールは小さなため息を一つつくと、棚の奥ばった場所からマントのような作りをした浅葱色のローブとサングラスを取り出し、ルーカスに投げ渡した。







「後をつける」


「………はぃい!?」

淡泊に一言。その言葉に耳を疑い、マヌケな台詞がルーカスの口から飛び出した。








「おいおい、本気でか? 勘弁しろよ……」

「つべこべ言わずについてこい」

有無を言わせず半ば強引にルーカスのシャツの襟首を掴むと、うなだれる彼をずるずると引きずる形でセオールは図書資料室の奥の部屋を後にしたのだった。











***


「わっ すごーい! ねぇりっちゃん、月があんなに近くに見えるよ」

両手を掲げ手を開くと、指の間から差し込む銀色の月光が少女の肌を優しく照らしていた。

青白く、けれど穏やかなその光の下――あゆの大きな闇色の瞳に満月の姿が映り込む。



「シャーロムのお月様ってホントに大きいよね。陰りがなくって、すごく綺麗……」




「この谷は特別なんですよ。ずっとずっと昔、月の女神(ルナミス)が天から降臨された場所として有名なんです。一般解放されているけれど、あまりに神聖な伝説があって滅多に人は寄り付かないんですけどね」

満月に手をかざして優しく微笑む少女を見つめ、リシュカは淡々と伝説を語り始めた。


「へぇ シャーロムって、色んな伝説があるんだね。いつだったかなぁ? セオくんに伝書を見せてもらったことあるんだけど……あたしがいた世界にもね、伝説や伝統が沢山あるの」

よく似た季節行事もあるし――そう付け足して、あゆはくるりと振り返った。


少女の着ているセーラー服のスカートが風に舞う。

さらさらと足元を流れる白銀の砂と、それと同色に輝く泉の中心に立つ石彫の女神像を月光が照らし、神秘的な輝きを放っていた。







「……綺麗ですね。知りませんでした、ここがこんなに綺麗な場所だったなんて……」

ほうっと息をついてやんわりと微笑みながらリシュカは呟いた。

「でしょ? リシュカくん、いつも図書館に篭ってばかりだから。たまには外の空気、吸ってみるのも悪くないよ」

感嘆の声を上げ辺りを見渡す少年の姿を見、あゆは満足げにそう言った。













「………」

「意外に、いい雰囲気?」

谷を囲う木陰から、こそこそとその様子を伺いながらそんなことを囁く声がする。
例の如く二人の後をこっそりと尾行していたセオールとルーカスの二人であった。



「腐っても貴様の弟か。血は争えんらしいな……天然だが」

セオールは忌ま忌ましそうに口元でボソリと皮肉を漏らす。

「何、セオール。ヤキモチか?」




どがすっ



「っ、〜〜〜!!」


懐から取り出した一冊の分厚い装丁の本が、ルーカスの顔面に直撃した。



『ちょっ!? イキナリ何する、おまっ……』


『黙れ』




ギロリと睨みを効かせたセオールの金色の瞳が吊り上がる。


「………」

そんな感情剥き出し状態の少年魔道士の様子にルーカス思わず言葉を失い、苦笑いを浮かべた。
そして先程の衝撃によりズレたサングラスをかけ直すと、やれやれと軽く肩を竦めてため息をついたのだった。

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