星の時計台 | ナノ
ルナミスの唄2


夜空に銀色の月が浮かぶ。

とっぷりと日が暮れた城下の街は、静寂に包まれていた。

今宵は満月(フルムーン)。
宮廷内に設けられた客室のバルコニーからいつにも増して大きな輝きを湛えた月を見上げ、少女は闇色の瞳を細めた。



「空気がいつもより澄んでるせいかな? 今日はものすごく月が大きく見えるなぁ……」

紫暗の夜空に存在感のある銀色の満月――その穏やかな光に照らされた少女の癖のある栗色の髪が、風にたなびく。

ざわざわと木々を揺らし、風に煽られた木葉が空中を舞っていた。






「……そうだ。こっそり抜け出して、白銀の谷まで行ってみようかな? 一人で出歩くのは忍びないし、誰か誘ってみようっと」

ぽんっと軽く手を叩いて悪戯を思いついた子供のように、少女は口元を緩めた。
踵を返しバルコニーから部屋の中へと戻ると、着ていたキャミソールワンピースを脱ぎ捨て着替えの入ったクローゼットを開け放つ。
ハンガーに引っ掛けられた自らのトレードマークとも言えるセーラー服を取り出し、いそいそとそれに着替えはじめたのだった。







***


「りっちゃ〜ん!こんばんはー。ねぇ 今、手空いてる?」


だだっ広い王宮の本廷の東端にある図書資料室。
普段ここには滅多に人の出入りはないのだが――多忙な本来の管理人に代わり、この資料室の管理を任された一人の少年がいる。

少女は勝手知ったる他人の部屋の如く、ノックもせずに大きな鉄扉を開けて中にいるであろう“彼”にそう声を掛けた。







ガタン、

バサバサッ


「あぁ〜っ!? また本が〜!」




ドサドサ、

バサーッ


「あぁああっ!?」






毎回のことではあるが、薄暗い部屋の奥からそんな騒音と共に悲鳴のような声が響いてきた。






「……大丈夫?」

少女は再びその“彼”に声を掛けた。
それから棚の陰からこっそりと奥を覗いてみると、やはりいつものように棚から雪崩た分厚い装丁の本が何冊も床に散らかり、その中心とおぼしき盛り上がった山の中で悶えている少年の姿が見えたのだった。










「あう〜 すっ すみません、あゆさん。毎回助けて頂いて……」

崩れてきた本の山に埋もれた衝撃でずれてしまった瓶底のような眼鏡を中指で押し上げ、少年は申し訳なさそうにそう呟いた。

あゆは埃にまみれてしまった少年の纏うシンプルな装飾の施された真っ白いローブの裾をぱたぱたと掃ってやる。
そうして癖のあるつんつんした彼の濃い青色の髪にそっと触れると、ぼさぼさになってしまった髪を手櫛で整えて苦笑いを浮かべた。



「ふふっ 相変わらずだねぇ、リシュカくんは。まぁ、何てゆーか? 君がそんなだからあたし結構色んなところで癒されてるんだけど……」

などとぼやき、くしゃくしゃとせっかく整えた少年の髪を撫でくり回す。



「???」

リシュカはぽやんとしたままそんな少女を見つめ、彼女の口から飛び出した言葉の意味を理解出来ずにいた。











「ところで、あゆさん。僕に何か用があったんじゃ……?」

しばしの沈黙の後、床に散らかった本を棚に戻しながらリシュカは隣に立って作業を手伝ってくれている少女に、ふいにそんな質問を投げ掛けた。



「あー、うん。ちょっと外出に付き合ってもらおうかと思って」

あゆは何気にさらっとあたかも当然であるかのようにそう答える。



「……え!? こんな時間に外出ですか? セオールさんに怒られちゃいますよっ」

図書資料室の大きな窓から覗く満月を一瞥し、リシュカは驚いて少女を振り返った。






「そんなの、こそっと抜け出すに決まってるでしょ。いちいちセオくんの顔色なんて気にしてたらキリがないわよ」

あっけらかんと問題発言をかまし、あゆはぺろっと舌を出してあまたの方向を見遣ってみせる。



「……あ、あゆさん? またそんな、半脱出計画じみたことを……」

リシュカはかくっとうなだれて、ため息を一つ漏らした。

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