Careless demander〜とある日の事件簿〜3
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「何をどう間違えばこんなことになるんだ……」
盛大なため息を漏らし執務机に向かった少年魔道士は、頭を抱えてうなだれた。
「えっとぉ〜 傷を治そうとして……失敗しちゃいました……」
「………」
「………」
「……………はぁ」
セオールはアナスティアの手の平から自らの執務机の上に降ろされたちんまりとした幼なじみの少年に視線を落としまた深いため息を漏らした。
机に広げられた書類や書物の上をおろおろと動き回る小さなリシュカは、先程から何か言いたげに魔道士の少年を見上げている。
「? どうした?」
その様子に気づいたのか、セオールは小さく尋ねかけるが――
リシュカはばたばたと両手を動かして何かを伝えようとジェスチャーするばかり。
「……きゅ〜」
ようやっと絞り出された言葉は、小動物の鳴き声にしか聞こえなかった。
「言葉は理解しているようだが、しゃべれないのか?」
「セオールぅ このままリシュカが元に戻らなかったらどうしましょう? わたし、ルーに怒られちゃいますかねぇ?」
「……むしろ面白がるんじゃないか? 普段ネオはコイツに散々コケにされているようだからな、色んな意味で」
ふっと不敵に微笑んだセオールの横顔を、蝋燭の明かりがそっと照らしていた。
「ええ!? そんなぁ〜 リシュカが可哀相ですよぅ」
「……リシュカをこんな姿にした当人が何を言ってる」
さらっと冷たい言葉が少年の口から漏らされる。
「ううっ セオールの意地悪〜」
アナスティアは、くすんとうなだれてそのままへなへなと床に座り込んでしまった。
その様子を一瞥し、セオールはまた小さく笑う。
「まぁ 魔法の失敗でこうなったなら、そのうち元に戻るだろう。
………数多(あまた)の言葉を鈴音に乗せて、響け神霊の謡(うたい)――‥精霊の言霊(ティニー・ラングテイル)」
ふわりと、純白の羽が舞った気がした。
言葉を紡ぐ少年魔道士の手の平から微かな白銀の光が放たれる。
「??」
その光景を目にしたアナスティアは、不思議そうな表情で小首を傾げていた。
白銀の光が机の上を動き回っていたリシュカを包み込み、少しの間を置いてそれは図書資料室の冷たい空気に溶けるように掻き消された。
「これで言葉が通じるだろう。何か言いたい事があるか?」
意地悪そうに口の端を吊り上げ、指先で小さなリシュカの頭をつつきセオールはそう言った。
よたよたしながら立ち上がっていた獣耳の少年は、彼のそんな言動に半泣き状態になり……
「セオールさん! 人事だと思って……ひどいですぅ〜 元に戻して下さいよぅ〜〜っ」
ジタバタと手足をばたつかせ、小さな抵抗をして見せていた。
「放っておけばそのうち魔法の効果も切れるだろ。……そもそも俺はその手の専門じゃないんだ、そんな得体の知れない魔法など解けるか。しばらくそのままで我慢するんだな」
「うえぇ〜!? ひどいぃい、セオールさぁん」
「……文句があるなら姫に言え。俺は忙しい」
潤目になって抗議するリシュカを放置し立ち上がったセオールは、やれやれと肩を竦めてそのまま書庫の奥の部屋へと入って行ってしまった。
ぽつねんと、その場所には床にへたり込んだアナスティアとリシュカのみが残される。
机に広げられた本の上からひょっこりと顔を覗かせて床を見下ろすと、それに気づいて此方を見上げた少女の大きな瑠璃色の瞳と目が合った。
「あ‥――えっと……」
気恥ずかしそうに視線を泳がせ、リシュカは慌てて本の影に身を縮めてしまった。
「………」
「………」
「………」
沈黙した冷たい空気が二人の間に漂っていた。