Careless demander〜とある日の事件簿〜2
薄暗い宮廷の図書資料室。
無駄に広いゲシュタット城の東の一角にひっそりと存在するそこは、まるで人気がなく宮廷の人間すらも滅多に立ち寄ることはない。
そんな静寂なる書庫の片隅で毎日の日課であるかの如く
黒い魔道士風のローブをまとった薄浅葱色の髪を持つ少年は、無惨にも散らかった書物の整理をしていた。
気温が低いわけではないのだが、あまりに日当たりのない場所に存在するためここはいつも空気がひんやりとしている。
少しばかり埃っぽいこともあり、古ぼけた書物のにおいと書類の整理をするために使う羽ペンのインク臭が鼻をついた。
(――‥全く、リシュカの奴
重要書類と古文書を陛下に届けに行くと出て行ったきり戻ってこないし……散らかすだけ散らかして何処まで行ったんだ?)
そう内心で呟き、少年はやれやれと肩を竦めて大きなため息を漏らした。
床に散乱して一部小山が出来上がったように盛り上がっている場所から分厚い装丁の本を数冊拾い上げると、軽々とそれを片手で抱え上げて丁寧に本棚に並べていく。
そんな作業を小一時間ほど繰り返し行い、少々うんざりとしているときだった。
「セオール! セオール〜〜!! あ〜ん、どうしましょう!? リシュカが大変なことになっちゃいましたぁ〜」
書庫で魔法書の整理をしていた少年の耳に、半泣き状態で名前を呼ぶそんな少女の声が届いた。
「セオールぅ 何処ですかぁ!?」
「……何だ、騒々しい。俺は今忙しいんだが?」
半分泣いたような少女の声が再び少年を呼び、書物の整理をしていたセオールは頭を抱えて背後を振り返った。
「大変なんですよぅ!」
少女はやはり泣きそうな表情をしていて、胸元に両手を添えて一言だけそう告げる。
「姫、一体何の騒ぎだ? 今日は俺も殿下も忙しいから、部屋で大人しく自習をしているように言っておいただろうが……そもそも、何故こんなところに――‥」
再び大きなため息を漏らし、そう言って呆れぎみに返答するセオールだったが、
ふと、アナスティアの胸元に添えられた両手の中に小さな生き物のような何かが微かに動いたのを視界に捉え、途中で言葉を飲み込んでしまった。
つい少女の両手をまじまじと凝視してしまったセオールの金色の瞳に捉えられたそれは癖のある濃い青髪を持ち、シンプルな装飾の施された白いローブを身にまとっていて、更には分厚い瓶底のような眼鏡をかけていた。
その見覚えのある姿に、セオールは複雑そうに顔をしかめた。
だが、何かが違う。
確かにそれはよく知った者の姿をしているのだが……
第一に、何故手の平サイズなのか?
更には、頭に小さな獣耳が付いている。
そして極めつけ、ローブからチラリと覗くふっさふっさの尻尾。
「……姫、ソレは何だ?」
複雑な表情のまま、少年は目の前に立つアナスティアにそう尋ね掛けた。
「リシュカですよぅ」
「いや、それはわかるんだが……」
もはや何も抗議する気力すら削がれた気がして、セオールは軽く目眩を覚えそうになっていた。