星の時計台 | ナノ
LOVE PHANTOM〜それが恋と気づかずに〜5


「――葵、来てくれたんだ」

個室のベッドに横たわる少女は弱々しい声でそう言った。

「聞いたよ。来月の、コレクションのこと……
ステージ、歩けるんだってね? おめでとう……」

細く色白の腕にはいくつもの点滴の跡が見え隠れする。
美奈子は入口の側に佇む葵にその腕を伸ばし、儚い微笑みを浮かべていた。







「――ねぇ 葵、そばに来て? 今あなたにすごく触れたい。来月のステージ、見には行けないけど……あたしにはもう時間がないけど、後悔だけはしたくないの……」


「美奈……」

葵は彼女の言葉に引き寄せられるようにベッドの側へ歩み寄った。

美奈子の手を取り自らの頬にあてさせる。
少しでも力を入れると折れてしまいそうなほどに細く、弱々しい少女の小さな手。

同年代の少女の手がこんなにも小さなものだと改めて感じた瞬間でもあった。





「ありがとう。葵、大好きよ。小さい頃からずっと……初めて会った時から、ずーっと葵だけを特別な目で見てた。ふふっ 気づかなかったでしょう?」


美奈子が小さく笑った。
彼女はもう一度くすりと微笑を浮かべると、


「泣かないで」


そう言ってゆっくりと瞳を閉じた。
葵の頬に宛行われた彼女の右手からゆるりと力が抜けていく。






「っ、美奈子!?」

葵は、シーツの上に落とされた少女の白い手を慌てて握りしめて名前を呼んだが――








それきり彼女が目を覚ますことはなかった。














***


「結局俺は、美奈子に何にもしてあげられなかった……」

家から学校へ行く道筋にある河川敷に佇み、虚空を見つめて葵は一人呟く。
春の穏やかな風が少年の金色の髪をさらさらと揺らしていた。




「そんなことないだろ。あれが最後になるなんて、俺も思ってなかったけどさ……息を引き取る前、美奈ちゃん幸せそうな顔してたし」

そう言って、少し後ろに控えて立っていた雅明は葵の隣に歩み寄っていく。




「だけど、俺――‥見せたかったんだ……美奈子に。あの娘の見ていた未来を……ずっと思い描いていてくれた夢を、夢のままで終わらせたくなかったのに……」

だけど、もう見せてやることも出来ない――そう小さく呟いて、葵は足元に視線を落とした。


(全然、気づかなかった……子供の頃から側に居たのに。俺にとってどんなに美奈子が大切な存在だったかってことに今更気づくなんて……)

「っ、」

とめどなく溢れる涙が頬をつたい、ぱたぱたと渇いた地面を濡らしていった。








「大丈夫だって。見てるよ、きっと……な?」

雅明は、俯き声を殺して泣く葵の髪をくしゃくしゃと撫でながら、諭すようにそう答えた。













『大好きだよ。ずっと見てるから――』


穏やかで優しい春のひだまりのように

そのとき、破顔の笑顔を浮かべてそう言う彼女の声を聞いた気がした。

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