LOVE PHANTOM〜それが恋と気づかずに〜3
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午後の街中を一人、葵は歩いていた。
この日は学校が午前中のみで終わり、スケジュール調整のために自らが所属するモデル事務所へ向かう途中であった。
よく晴れた青空――しかし、まぶしすぎる太陽の光に瞳を細める少年の眼差しには陰りが見え隠れしていた。
(……オーディション、受けれるといいけど)
そんな思いをめぐらせ深くため息をつくと、色々なことを考えて気負いすぎ重くなってしまった歩みをどうにか進めていく。
程なく事務所のあるビルの前にたどり着いた。
――刹那、ぼんやりとしながらビルに入って行こうとした時
ふいに、入口付近の花壇に備え付けられた石碑の側に見慣れた人影があることに気づいた。
あまり目立たない地味なグレーのスーツ姿……だが、それを見事にお洒落に着こなしている金色の髪の長身の青年――。
「セディ? どうして貴方がこんな所に……」
少しばかり意外な光景に、葵は驚いてその青年に話し掛けた。
「お? やっと来たか。待ってたぜ……っと、葵の方かな?」
石碑の側で煙草をふかしていたセディと呼ばれた青年はそう答えてかけていたサングラスを外し、悪戯っ子のような笑みを浮かべておどけてみせたのだった。
「オーディション、ですか?」
「そう、今度のコレクションのね。これはチャンスだよ、葵君」
事務所に着くなり社長自らが葵とセディを迎え唐突にそんな話を切り出してきたことに、葵はただ驚くばかりだった。
「だからオレがわざわざ迎えに行ったってことだ」
「……あのな、セディ。あれは迎えに行ったと言うよりも、お前はただ事務所の前に立っていただけだろう。
あの場所に立つのは目立つから止めてくれと……以前にも言っておいたはずだが?」
かけていた眼鏡のフレームを指先で押し上げ、社長の高戸は冗談混じりに会話するセディに意見する。
「ま、まぁ 確かに目立つよね……セディって、自分がどれだけ世界的に有名なトップモデルなのかってこと……自覚してる?」
高戸とセディの会話に割り込み、葵は苦笑を浮かべそう言った。
「へー オレってそんなに有名? それは知らなかったなぁ」
だが当の本人は、わざとらしくとぼけたふりをして楽しそうに笑うばかり。
そんないつもと何ら変わることのない光景に安心感を覚えつつ、しかしこの大きなチャンスを見逃したくはないと――握りしめた拳に力を込めて、葵はきゅっと気持ちを引き締める。
「――高戸社長。俺……受けます、オーディション。是非お願いします!」
たった一つの想いを胸に、深く礼をし力強くそう言った。