星の時計台 | ナノ
Forfeit3


「――‥あゆ? やっぱりここにいたのか……」

ふいに、少女の名を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえた。

あゆと呼ばれた少女は驚いて振り返り、そこに立つ同年代の少年の姿を見つけて立ち上がった。

赤茶けた髪の十代半ばほどの小柄な少年。



「……たつきお兄ちゃん」

涙で腫れた瞳を隠すように、あゆは慌てて顔をこする。





「ここは……最後に聡を見掛けた河原だね」

たつきは小さく苦笑して、ぽつりと呟いた。

「――うん。今日、卒業式だったから……先生に預かってきたの。聡の、卒業証書……」

そう言って、あゆは抱えていた片方の筒をたつきに差し出した。

少しだけ躊躇いがちに少女にそっと差し出された筒を受け取ると、たつきはもう一度微かに微笑んでくしゃりと少女の栗色の髪を撫でた。






「ありがとう、あゆ。代わりに貰っておくよ」

「……うん」

あゆは今にも泣いてしまいそうな感情を抑えながら、無理矢理とも取れる笑顔を繕ってみせる。











「――‥ねぇ、たつ兄。冬子(とうこ)さんはどうしてるの? 聡のことすごーく大事にしてたから……大丈夫、かな……」

あゆは手にしていた小さな花束を川にそっと流しながら、すぐ横にいるであろうたつきにおもむろに話し掛けた。



「……あんまり、大丈夫じゃないと思うよ。母さんを心配して父さんも赴任先から戻って来てはいるけど……」

「そうだよね。何の前触れもなく子供が行方不明になったんだもの……大丈夫な方が、おかしいよね……」


ゆるゆるとした水の動きに沿って流れていく花束を見つめ、あゆは独り言のようにそう答えていた。






「一応、捜索届けは提出したって。前後に何か事件があったわけじゃないし、かと言ってただの迷子なわけないし……でも……」

言いかけて言葉を濁し、たつきは伏せ目がちに視線を泳がせる。





“失せものに注意”





二ヶ月前、初詣に行ったときに引いたおみくじの内容がたつきの頭を過ぎっていた。



珍しく“大凶”を引いた聡。
そして自らが引いたおみくじの一文が、この二ヶ月の間ずっと頭の片隅に残っていた。


(……“失せもの”が聡だったってことなのか? 運だけは良いはずのあの子が“大凶”を引いたから?)

内心でそんな思考をめぐらせ、それを否定するように頭を振った。






「……たつ兄?」

いつの間にか立ち上がっていたあゆが僅かに首を傾げながらたつきの顔を覗き込み、そんな少女の大きな闇色の瞳が揺れる少年の視線を捉えていた。






「ううん、何でもないよ。みんなが心配してるだろうし……そろそろ、戻ろうか」

たつきは落ちている自らの心情を悟られぬようにと笑顔を装い、不思議そうに複雑な表情を浮かべる少女の頭をもう一度ぽふぽふと撫でると、踵を返して歩きはじめた。







「待って、たつ兄……!」




吹き抜けていく風の音に消え入りそうな声で叫び、あゆは家路についたたつきの背中を慌てて追って走り出した。









春を告げる桜の花が咲く三月の終わり頃――。


まだ少し肌には冷たい風が吹き抜ける午後の河岸に、走っていく少女の制服のスカートが舞っていった。

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