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「ああぁっ!? 申し訳ございません。ユリシス殿下、セオール様までっ
あの、私の独断でお二人を……すぐに片付けますからっ!!」
エルミナは半ば混乱状態に陥り、そう言って慌てて頭を下げてから散らかった厨房の作業台やコンロ周りを片付け始める。
「……あぁ。いいよ、ミナ。今日は仕事はほとんどないし、兵士も他の使用人も宮廷にはいないのだから」
狼狽するエルミナを制して、少し困ったように微笑んだユリシスは、そう言ってゆっくりと作業台のそばにいたアナスティアとあゆの所へと歩み寄って行った。
「ふふっ そうやって並んでいると、本当に双子の姉妹みたいだね。
ところで、あゆ……何を作っていたんだい?」
少女の闇色の瞳を愛おしそうに見つめ、やんわりと穏やかな笑みを湛えてユリシスは話し掛ける。
「エヘッ チョコレートだよ。街で既製品を買ってきてもよかったんだけど、それじゃあまりにも有り難みが薄い気がしたから……
はい、これはユーリの分ね?」
あゆはそう言ってまたカゴの中から小さな包みを取ってユリシスの手にそっとのせた。
「あ〜! ズルイですよぅ あゆっ わたしが先にお兄様に渡そうと思ったのにぃ〜!!」
ユリシスを囲ってわいわいと言い合うよく似た二人の少女。
その光景を少し離れたところから見ていたセオールは、やれやれと肩を竦めて小さくため息をもらしていた。
そしてその様子を横目でちらりと見ていたルーカスは、苦笑して少年の風色の髪をくしゃっと撫で回した。
「何をする、ネオ。勝手に俺の髪に触れるな……」
いつものように不機嫌そうな声色で、セオールはそんな幼なじみの青年の軽薄そうな顔を睨んでいた。
「まっ、殿下と張り合おうなんて無謀だろ? 何をしたって、あの人に俺達が敵うわけないさ」
「……」
「……」
「……」
ボフッ
ボシュンッ
唐突にルーカスの目の前で赤い炎が蒸発した。
「っ〜! いきなり焔(ほむら)の呪文をぶっ放すか、お前はっ
危うく焦げるところだったぞ!?」
咄嗟に氷の結界を張り、呪文詠唱はおろか魔法名すら省かれたそれをかわしたルーカスだったが
「……ちっ」
そう忌々しげに小さく舌打ちをするセオールの容赦のなさに、思わず作った笑顔が引き攣るのだった。
「じゃあ、そーゆうわけで。はい、セオくんの分」
いつの間にかそばに来ていたあゆが、唐突にセオールの手を取って小さな包みを握らせていた。
「? 何の真似だ?」
「バレンタインだから、チョコ。
じゃっ! あたし、シーナにも渡してくるから後はよろしくぅ〜」
訝しげに眉根をひそめるセオールと苦笑いを浮かべるルーカスを尻目に、あゆはそう言い残して厨房を出て行ってしまった。
その手には小さな透明フィルムの包みの他に、もう一つ大事そうに抱えていた紙袋があったような気もするのだが……
「セオールぅ〜 はぁい、一生懸命作りましたぁ。ラッピングも、わたし自分でやりましたのよ?」
おずおずとアナスティアが歩み寄って来、セオールの前に立った。
彼女ははいっと両手で抱えていた大きめの包みを差し出すと、にこにこと屈託のないひだまりのような笑顔を浮かべて
「だぁい好きですっ」
そう言って、ぎゅっとセオールに抱きつく仕草をしてみせた。
「……ふふ。受けとっておやり。お前も愛されてるようだね? 私は嬉しい限りだよ」
二人のそんな微笑ましい?やり取りを見ていたユリシスは、そう言ってにこやかに微笑んでいた。
「……」
「……」
「……やれやれ。あのじゃじゃ馬め、姫に余計なことを教えるとは……覚えておけよ……」
小さく息をついてセオールはぼそりと呟き、僅かな微苦笑をもらしてアナスティアに差し出された包みを受け取った。
「えへへ〜」
「いい加減に離れろ、バカ姫。暑苦しいだろうが……」
そう憎まれ口をたたきながらも、まんざらでもなさそうなセオールがそこにいたのだった。