月の回廊 | ナノ

Fragile1

「ねぇねぇ、ユーリさん。またあの魔法見せて? ほら、えっと……あっ そうそう。蛍火の灯(ルミナライト)」

執務机に向かい書類の山を整理していた金髪碧眼の青年に、癖のある栗色の髪の少女は唐突にそんな提案を投げ掛けた。
机に積まれた紙の山から適当に束を作り、羽ペンを手にしてサインをしていく青年の前に重ね置き処理されたものをまとめたりと、どうやら少女は彼に与えられたであろう仕事を手伝っている様子である。

青年は鼻歌まじりに楽しそうに動き回る少女を穏やかな眼差しで見つめながら、またやんわりと微笑んでいた。


「ふふ。君は本当にあれが好きなんだね」

「うん、大好き。月のない夜にあの光を見ていると何だか優しい気持ちになれるの。ユーリの人柄なのかな?」

僅かに苦笑を浮かべ、少女はそんなふうに答えた。

最近よくそんな頼りない笑顔を見繕うようになった彼女のことが少しばかり気になっていた。


(表向きは元気そうにしているようだけれど……)

小さなため息をついて青年はそんなことを内心で考える。






コンコン。


ふいに、執務室のドアをノックする音が聞こえた。


「失礼します、ユリシス殿下」

扉の向こう側から中にいる青年の名を呼ぶ声がする。
その覚えのある声に反応した少女は、手にしていた書類を執務机の上に置き小走りで部屋のドアの前まで移動した。
そうして開かれようとしていたドアノブに片手を掛け先に扉を開いたのだった。



「? あれ、あゆ? 君もいたのか……」

「いらっしゃい、ルーくん。ユーリに何か用事?」

開け放たれた扉の向こうに立っていたのは、淡い紫色の肩口まで伸びた髪と琥珀色の瞳を持つ青年剣士。
彼は少女の姿を見つけてその名前を呼び、少しだけ驚いたような表情をしていた。


「あぁ、ルーカス。どうかしたのかい?」

ユリシスはゆっくりと執務机から立ち上がり、来訪者であるの青年剣士の名を呼んだ。










***


「ふふ。全く、叔父上の祭好きには困ったものだね」

それからしばらくしてからのこと。ユリシスの執務室を訪れたルーカスは、ここへ来た目的を簡潔にまとめ上司でもある彼にそのいきさつを話し伝えた。

立ち話も何だからと、先ほど女官(レイラ)に用意させた紅茶と一緒に並べられた茶菓子をつまみ、ユリシスは苦笑混じりにため息を一つ漏らし肩を竦める。


「お祭りって? 今日、何かあるの?」

部屋の片隅に設けられた接客用のソファーに腰掛けて二人の会話を聞いていたあゆは、祭と言う言葉に反応しふいにそう問い掛けた。





「あぁ 君は知らないんだね。七月祭(ななつきさい)のことを……」

「……ななつきさい?あ! 前にセオくんに聞いたことあるよ。えっと、七夕みたいなお祭りのことでしょ? お札に願い事を書いて木に吊すと、精霊がそのお願いを叶えてくれるって」

ぱっと思い出したようにそう答えたあゆは、きらきらと瞳を輝かせて向かいに座りくつろいでいた高貴な青年の顔を見つめ返した。


「……」

小さな子供が面白そうな遊びを思い付いたかのような少女の闇色の瞳が、きゃるんとユリシスの碧色の瞳を捉えていた。











「……ふふっ いいよ。じゃあ、一緒に行こうか?」

少しの間を置き、観念したようにユリシスはそう言って苦笑した。


「やった! ユーリ大好きっ」

あゆは満面の笑顔を向けてそう言うと、ユリシスに無遠慮にも抱きついて擦り寄るような仕草をしてみせる。



「……」

その光景を唖然と傍観していた青年剣士―ルーカスはやれやれと肩を竦め、

(やっぱり殿下には敵わないか……)

などと思いつつ微苦笑を浮かべて紅茶を一口含んだのだった。


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