月の回廊 | ナノ

緋色の慟哭5

斯くして、ベルリオールとルーシアの婚約話は白紙に戻された。




その年の秋――。
シャーロム帝国13代目国王アルヴェルトの戴冠の儀と共に結婚披露宴が執り行われ、大臣をはじめ国民の祝福のもと新たなる国王誕生である。










バージンロードを歩く二人の様子を遠くから眺めていた優しくも悲しい眼差しを向ける老年の男は、隣に立つ紅蓮の髪とアイスブルーの瞳を持った自らの第二子をゆっくりと振り返った。







「……歴代の王の中では有り得ない“聖獣無しの王”か……。
遥かなる昔、エルフの皇族がこの国を造り代々守り続けてきた“精霊王の楯(ウィーゲル・クストゥス)”が、こんな形で崩壊するとはな……」

深いため息を漏らし憔悴したように頼りなく口元を緩める老年の男――。
しかし、傍らに控える青年は一度瞳を閉じて小さく頭を振った。








「父上。俺はこの先、この命を懸けて兄上を全力でサポートする。それはカーティスやロズウェルも承諾してくれたことだ。
……例えば何かが起こったとしても、シャーロムはきっと俺達が守り抜くと誓う。だから‥――」

少しの沈黙の後、新たなる決意を表明するかのようにベルリオールは閉じていた瞳をゆるりと開いて、眼前に立つ父の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
そうして紡がれた意志のあるその言葉の強さに、白髪の男は肩を竦めてやんわりと微笑んだ。

厳粛なる父親の優しく嬉しそうなその様子を垣間見た青年は、その場で恭しく頭を下げると
宴で湧く民衆の中心にいる兄アルヴェルトと、その妻ルーシアの元へと歩いて行った。
背中に翻された純白のマントが風にたなびき、よく晴れた青空に映える雲のように泳いでいく。


老年の男はそんな息子の逞しい背中を見送り、空に輝く太陽を仰ぎ見た。
眩しさに瞳を細めて片手を太陽に翳し、眉根をひそめた彼のしわくちゃな顔に一筋の涙がつたう。










「――‥精霊王よ、どうか我が息子達をお守り下さい。
広大な自然と共に歩む彼らの時代を、この先もどうか……」

そんな悲願にも取れる言葉を口にし、白髪の老人は瞳を閉じた。
つっとつたい落ちた透明な涙の雫が太陽の光に充てられて微かな煌めきを映し出す。

秋口の風が心地好く吹き抜け、その風に煽られた木々のざわめきが、その胸に抱いた想いに応えるようにこだましていた。







広大な自然に囲まれたシャーロム帝国――。

首都でもあるゲシュタット王宮の裏側に広がる神秘の森はいつまでも流露の如く輝きを湛え、これから新たなる時代を築いていくであろう若者達を、静かに穏やかに、見守っていたのだった。


ー5/5ー
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