「なんと!? ルーシア……そなた、アルヴェルトとの間の子供を身篭ったと申すのか?
……何たることか。これは精霊王に対する反逆行為……そなたはこの国を滅ぼす気かっ!」
白い髭の老年の男はあまりの衝撃にふるふると拳を震わせていた。
「っ、……申し訳ございません、陛下! けれど、わたくしは……」
白髪の王の座る玉座の前に傅き、ルーシアは消え入るように言葉を詰まらせた。肩を震わせ、床に手をつきうなだれるようにその場に崩れ落ちる。
「アルヴェルトには王位継承権はないのだぞ!? そなたはベルリオールの婚約者……聖獣付きでない者の子供を宿すなど、何たる裏切り行為か」
「陛下、どうかお許し下さい。わたくしはアルヴェルト様を愛しているのです! この身に宿る“癒しの精霊魔法(リン・リーレイ)”を、あの方の為に使わせて下さい!!」
ルーシアは必死な思いであった。碧色の両眼に涙をためて、懇願するように王の顔を仰ぐ。
懸命に懇請するルーシアの真剣な眼差しが王の視線と交差する。
「……ベルリオールには、何と? わしの選択が間違っていたのか……このような、前代未聞な状況になってしまうなどとは……」
しばらくの間愕然としていた王は、そのうちに諦めたように小さく頭を振り力無くうなだれた。
憔悴しきった表情を浮かべ、彼は頭を抱える。
しんと静まり返った謁見の大広間――。
その玉座に身を委ね肩を落とす現在のシャーロム帝国国王、そして、後にユリシスの母親となるルーシアの二人の間には言い知れぬ緊張感が漂い、不穏とも取れそうな空気が広間を覆い尽くしていた。
***
「っ馬鹿な、正気なのかベルリオール!? 王位継承権を自ら放棄するなど……!!」
高級ホテルのVIPルームを思わせるような豪華な部屋に男の怒声が響き渡った。
バルコニーへとつながる大きな窓の傍らには執務机とおぼしきシンプルな装飾の施された机と、ふかふかな黒のレザー生地を使用した大きめの椅子が置かれている。
机の上には書類や資料の類が無造作に散らかっていた。
その部屋の片隅にベルリオールは立ち尽くしていた。
向かい合うは深い緑色の魔道士風のローブを身に纏った、歳の頃は同じほどの長身の青年――。
濃いめの青紫色の長い髪をアップに結い上げた分厚い装丁の魔道書を手にしたその男は、ベルリオールが唐突に言いだした“王位継承放棄”宣言に戸惑いを隠せなかった。
「カーティス」
ポツリとベルリオールは青年の名前を呼んだ。
「兄上とルーシアとの間に子供が出来たんだ。その子供が“聖獣付き”だと――星見の預言がそう示したそうだ。
……ならば俺ではなく、兄上が王位を継ぐのが正当だろう?」
アイスブルーの瞳で向かいに立つカーティスを見据え、さらなる言葉を紡ぎ出す。
「………」
「だから、頼む。俺は王位を継がないが……ロズウェルと共に、兄上の力になってはくれないだろうか」
言葉を失って立ち尽くすカーティスに、ベルリオールは懇請するようにそう言った。
沈黙が重みを増し周囲を覆う。
カーティスはそのうち諦めたように頭を振り、頭を抱えて小さく短いため息を漏らした。
「――‥全く。お前はどこまで直情馬鹿なのだ? 私やロズウェルが、お前の頼みを断れるはずもないだろう……お前がそうしたいと願うなら、私達はその意志に従う」
そう言って微苦笑を浮かべ答えるカーティスに、ベルリオールは破顔の笑顔を向ける。
半ば照れ隠しに再び苦笑しあう二人の青年――。
これが後に、シャーロム帝国13代目国王アルヴェルトの腹心の部下となる王弟ベルリオールと宮廷魔道士長カーティス、そして、近衛騎士団長ロズウェルの誕生となった。
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