「ルーシア=レインと申します。どうぞよろしくお願い致します、ベルリオール様」
見事なまでに美しい金色のシルクのような長い髪を揺らしてその女性はベルリオールの前に立ち、深々と頭を下げた。
さらさらとこぼれ落ちる金色の髪が彼女の白い肌をかすめていく。
ゆっくりと顔を上げた彼女の春の日差しのように穏やかな碧色の瞳が、ベルリオールのアイスブルーの瞳をその一瞬で釘付けにしていた。
「――‥」
青年は言葉を無くし、しばしの間そんな彼女の姿とはかなげな微笑みに見とれてしまった。
ベルリオールとルーシアの出会いはそれが最初だった。ベルリオールの“婚約者”と言う名目で、彼女は彼の父親から紹介を受けたのだった。
ルーシアは城下の外れにある神殿に勤める司祭であった。
精霊の国と称され、精霊魔法が盛んなシャーロムですら稀少種と言われる“癒しの精霊魔法(リン・リーレイ)”を使うことの出来る女性――。
多くはゲシュタット城の裏側に広がる“精霊の森”に住むエルフ一族の清純な心を持つ者にしか備わらないと言われていた。
「まさか人間(ひと)に、癒しの精霊魔法(リン・リーレイ)を使える者がいるなど初めて知った。俺も聖騎士(パラディン)だが……それは使えないな」
「うふふ。確かに“癒しの精霊魔法”は稀少なものだと聞いたことはありますけれど……わたしは幼少の頃から使えていたので、あまり気にしたことはありませんでしたわ」
鈴音のようなルーシアの笑い声が庭園に響く。
宮廷の裏庭として色々な花を植えられた、小さな泉のある小さな庭園。
そこはゲシュタットの宮廷内において唯一落ち着ける、ベルリオールのお気に入りの場所だった。
穏やかな風がルーシアのシルクのような長い金色の髪をかすめて、さらさらと揺らしていた。
「……癒しの精霊魔法(リン・リーレイ)は、死んだ者を蘇生させたり病に冒された体を浄化出来ると聞くが……その力で、兄上を救うことは出来ないのだろうか‥――?」
ぽつりと独り言のようにベルリオールは呟いた。
晴れた青空を見上げる青年のアイスブルーの瞳が微かに曇る。
「……アルヴェルト様のご病気を治したいとおっしゃるのですね? ですが、癒しの魔法と言えどそれは無理ですわ。これはそんな神的な力ではありません……」
しばしの間を置き、ルーシアはそう答えた。
「……だよな。本当にそんなことが出来るなら……俺を産んで間もなく病のせいで亡くなった母上も――今頃は元気にしている、か……」
くすりと口元で自嘲ぎみに笑うベルリオール。様々な葛藤を抱き、その背中に重大な責任を背負った青年の顔が苦悶に歪む。
「――‥ルーシア、君は俺なんかには勿体ない女性だ。婚約の話は白紙に戻そう……だから、無理に付き合う必要はない」
「ベルリオール様……」
「兄上についていてやって欲しい……。君は元々、兄上の恋人だったんだろう?」
「!?」
ベルリオールの唐突な一言に、ルーシアは驚いて目を見張った。
「ご存知だったのですか、わたしとアルヴェルト様のこと……?」
「いや。兄上と一緒にいるところを何度か宮廷内で見掛けた程度だ。ただ、その時の君がとても輝いて見えたから‥――」
少しだけ間を置いて答えたルーシアに、ちょっぴり淋しそうな眼差しを向けてベルリオールは呟くようにそう言った。
再び庭園に風が吹き抜けて、青年の真っ白いマントとルーシアの淡い水色の司祭ローブを揺らす。
風に煽られた花びらが空を舞い二人の間をすり抜けていった。
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