月の回廊 | ナノ

緋色の慟哭2

シャーロム帝国ゲシュタット城内、騎士団訓練施設――。


この日は朝から宮廷内が騒然としていた。
それは先日、正式な王位継承の儀式の旨が伝えられた為であり、朝も早くから女官(レイラ)や大臣たちが慌ただしく宮廷内を駆け回っていたからであった。









「……昨日、正式に決まったらしいぞ。陛下ももうお歳を召されているからな……次期国王の戴冠式も近々執り行われるらしい」

「あぁ、オレも聞いた。兄君のアルヴェルト殿下ではなく、弟君のベルリオール殿下が王位を継がれるらしいって話だ」


口々にそんな噂話をする兵士もおり訓練施設内の空気も心做しか重苦しくなっているように感じる。

壁際に立ってその様子を眺めていた癖のある金色の長い髪を後ろで一つに束ねた薄水色の瞳の青年は、肩を竦めて小さなため息をついた。



(……やれやれ。もう噂になってるみたいだねぇ)

内心でそんなことを思いながら、青年は踵を返してその場を退散しようと歩き出す。
ざわざわと五月蝿い訓練施設に青年の背中に翻されたスカイブルーのマントが舞った。












「ロズウェル様!」

長い長い渡り廊下を本廷に向かって歩いていた金髪の青年は、唐突に名前を呼ばれてふと顔を上げた。
見ればまだ年若い兵士がこちらに向かって駆け込んで来ていた。




「? 何かあったのかい?」

息を切らせて一礼する兵士に、ロズウェルと呼ばれた青年は怪訝な様子でそう問いかける。



「あのっ カーティス様とロズウェル様に……その、陛下が召集をかけられているので……後、ベルリオール殿下をお見掛けになりませんでしたか?」

兵士の青年の答えに少々驚いた表情を見せたものの、すぐに平静さを取り戻すと

「……ベル? いや、今朝は見ていないけど……カーティスなら書庫にいるはずだよ」

そう言ってロズウェルは困ったように苦笑いを浮かべる。


「カーティス様には先程お知らせに行きました。それよりも殿下の行方がわからなくて……」

困惑して視線を泳がす兵士の男。ロズウェルはうーんとわざとらしく唸り、少しだけ考え込むような仕草を見せていた。


「うん。わかった。ベルは多分、宮廷の裏庭だと思うから……いいよ、私が呼びに行く。カーティスには少し遅れて行くと伝えておいてくれるかな」

「は? はぁ……。では、よろしくお願いします」

にこりと微笑んだロズウェルに脱力したように曖昧な返事を返すと、兵士の男は軽く一礼をしてその場を後にした。
ロズウェルは小さくため息をつくと、ループ状になった階段を下りその下にひっそりとある宮廷の裏庭に続く鉄の扉を目指して歩き始めた。












***


「……やっぱりここにいた。
どうしたんだいベル? そんな所で小さくなって落ち込んでいるなんて、君らしくないね」

宮廷の裏庭に設置された小さな泉のある場所で、ベルリオールはまわりを囲う石段に腰を掛けてよく晴れた青空を見つめていた。
ロズウェルはそんな彼の後ろ姿を見つけると、普段と変わらない口調でそう話し掛ける。

初夏の生暖かい風が、二人の青年の髪とマントを凪いでいた。




「アルヴェルト様を差し置いて、君に王位継承権を与えられたことがそんなに納得出来ないかい? 私は陛下の判断は正しいと考えるけれどね……」

「………」

「兄殿下はお体の弱い方だし、国を背負っていくには負担は相当なものだと思う。確かにあの方は器の大きな方だけれど……私はベル、君の方がシャーロムを背負っていく王としては、相応しいと思うよ」

肩を竦めゆっくりと石段に座るベルリオールの側へ歩み寄りながら、ロズウェルはその背中に声を掛け続けた。









「……お前のようなちゃらんぽらんな男に、俺の気持ちなどわかるはずもない……」

少しの間を置き、瞳を曇らせたままベルリオールは口元で呟くようにぽつりとそう口にした。




「私はこれでも真剣なんだけど? ……それでも君が国王にならないと言うのなら、私も私の意志で騎士団長の座は継がない。カーティスもそれは同じだよ、ベル……」


「な……!? 貴様、自分が何を言っているのかわかっているのか! 仮にも、我がミスティ王家に仕える名門貴族――‥アークエイル家の嫡男が!!?」

あまりの突拍子のないロズウェルの言葉に驚いたベルリオールは、そう言って背後に立っているであろう青年を振り返った。

まだ幼さの残るロズウェルの、いつになく真剣な眼差しがベルリオールのアイスブルーの両眼を捉えていた。









ザァッ


二人の青年の間を、再び風が吹き抜ける。

それに踊らされるように舞い上がった庭園の花びらが、ひらりひらりと宙に円を描きながら飛んで行った。









「だから、私たちは仕えるべき主君を間違えない。それがアークエイル家とネオグランド家なんだよ」

そう確信を持ったような真剣な物言いをするロズウェルに

(……俺に国王など、無理だ。この大きな国を背負っていける自信など‥――)

内心でそんな葛藤を抱きつつ、足元に視線を落としたベルリオールは、再び返す言葉を失い黙り込むしか出来なかったのだった。


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