「っ、」
それが引き金となってかとめどなく溢れだした涙に、我慢の限界から少女はその場に力無く崩れ落ちそうになった。
「あゆ」
倒れかけた少女の体をユリシスは抱きとめ、嗚咽を漏らし震え泣く彼女の華奢な肩をきゅっと抱き寄せた。
「……」
「……うっ、く……」
「どうして君はいつも――‥」
自らの胸の中でしがみついて泣きつづける少女の髪を梳きながら言いかけた言葉を飲み込んだ。
自分の事を何一つ語ろうとせず、初めて出会った時から何も変わらない。
強くあろうと毅然に振る舞い、自分の事よりも他人の事を優先する彼女の心は……おそらく本心なのだろう。
それは、これまでの彼女の行動や言動がすべてを物語っていた。
(……この娘が逞しいなんて、誰が言った? こんなにも小さくて、今にも崩れてしまいそうな危うい存在なのに……)
その瞬間、不覚にもユリシスはこの少女を守りたいと思ってしまった。
今まで青年の心を苛んでいたものが少しずつ、ほんの少しだけ晴れていくような気にさえなった。
だが、青年の思考はそこで停止した。
あゆの破天荒な無茶ぶりと、いつも自らのことよりも他人の事を優先する考え方――。
それがある女性のそれと重なる。
もうこうして腕に抱くことも、笑顔を見ることも叶わない……昔の旅仲間であり、愛していた一人の女性。
あの時、別の選択肢を選んでいたならもしかしたら助けられたかも知れない。
しかしユリシスの下した選択は、自らを闇に突き落とし終わりの見えない迷路の中を彷徨い続けるものでしかなかった。
(……私はあゆを、アスの代わりにしようとしている?)
少女を愛しく思う心に嘘はない。しかしユリシスは、その気持ちに自信が持てずにいた。
「……ユーリが好き……みんなのことが大好き。だから、笑っていて欲しいの……」
消え入るような声であゆはそう呟いて、涙を浮かべた闇色の瞳でユリシスの顔を見上げていた。
「……」
「……」
(……いや、違う。アスの代わりなのではなくて……)
「うん、そうだね。私も皆も、君の事が大切だよ……だからもう、泣かないで」
はらはらとこぼれ落ちる涙をそっと拭い、ユリシスはそう答えて少女の瞼に唇を寄せた。
星の降る夜に願いを込めて。
想うは光ある未来か、闇に彷徨う心の行く末か……
夜の闇に浮かぶ満月の光がそっといつまでも噴水の傍らに佇む二人を見守るように、ただそこで優しい銀色の輝きを湛えていた。
ー3/3ー
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