月の回廊 | ナノ

Fragile2

満月が浮かぶ夜空を背に少女のセーラー服のスカートが舞う。
すっかり日の暮れた大自然に囲まれた城門前の噴水広場――。

普段はほぼ殺風景とも言えるこの広場は、祭好きな現在のシャーロム帝国国王の計らいで、定期的に催される祭典や季節行事のときだけ豪華な飾り付けやイルミネーションを思わせる光が盛大に使用され、賑やかになる。


その中央に設けられた噴水の傍らにそれは用意されていた。笹木によく似たそれらの葉には沢山の短冊のような札がくくりつけられている。



「わっ ホントに七夕みたい。なつかし〜 この光景! お兄ちゃんやパパとママ、今頃どうしてるのかなぁ……」

笹木なような形をした木々に軽く触れて、少女はそんなことをぼやきながら楽しそうに吊された短冊のような札を眺めていた。


賑わう人々の声が街の喧騒のそれと重なる。
家族、恋人、友達――
それぞれ多種多様の組み合わせが広場の何処を見渡しても存在し、祭典の場となったここには普段の穏やかで緩やかな雰囲気などはなく、賑やかな人混みで溢れかえっていた。










「……ねぇ、ユーリには叶えたい願い事はある?」

ふいにすぐ後ろにいるであろう青年の名を呼びあゆは振り返った。
癖のある少女の栗色の髪がゆるりと吹いた生暖かい夏の夜の風に揺れる。

振り返った先にいた金髪碧眼の青年は、宮廷内にいるときとは打って変わりラフな衣服を身につけていた。
それはまるで少女と初めて出会った時のような風体で、やはり夜の闇にも映える見事な金色の髪を風に揺らし、穏やかな眼差しを湛えていた。



くすりと口元で微笑み、ユリシスはそんな質問を投げ掛けてきた少女の傍らに歩み寄ると

「……そうだね。私にもあるよ、叶えたい願い事はね――‥
けれどそれはもう、絶対に叶わない過去の柵(しがらみ)だから……」

そう答えて札の吊された木々を仰ぎ、夜空を見上げた。
その刹那、春の陽気を思わせる青年の碧色の瞳がほんの少しだけ陰りを見せる。



「……」

(やっぱり、あたしじゃ駄目なのかな? 少しでもユーリの心を楽にしてあげれたらいいのに、なんて……)

穏やかに微笑む青年の瞳の奥に時々見え隠れする悲しげな輝きが、あゆはずっと気になって仕方がなかった。
そんな思考を巡らせ、彼女はふっと気づかれないようにユリシスの横顔を一瞥する。








「君は?」

「え、」

ふいに語りかけられ一瞬ドキリと心臓が跳ね上がった。

もう一度ユリシスを見遣ると、彼がこちらに真剣な眼差しを向けていることに気がついた。






「君にもあるんじゃないのかい? 叶えたい願い事」

「あたし、は‥――」

青年の問い掛けに、あゆはまごつく闇色の瞳を反らし足元に視線を落とした。







「……みんなが笑顔で幸せになれたらいいなって思うよ。当たり前のような日常でも、それを大切にしたいから……」

答える少女の視線の先、噴水の水面(みなも)に映り込んだ銀色の満月が波紋を描くように揺れる。
ユリシスは小さなため息をつくと、俯く彼女の栗色の髪にそっと触れた。





「……君はいつも皆のことばかりだね。あんまり気負いしすぎて、そのうち壊れてしまいそうだよ……」

甘えていいのに――と呟いて、微苦笑を浮かべる。




「だって、あたしの大切な人たちが泣いている姿……もう、見たくないもん。聡(さとい)がいなくなった時みたいに……冬子(とうこ)さんや、お兄ちゃんの……」

そう言いかけて、あゆはハッと我に返った。ぱたりと頬をつたって落ちた大粒の雫が煉瓦張りの茶色の地面を微かに濡らしていた。
自らの瞳からポロポロと零れる涙に驚いて、彼女は口元を覆うように両手を当てた。


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