月の回廊 | ナノ

木漏れ日の螺旋2

とは言え日常になんら変化があるわけでもなく、相変わらず例の如くベルリオールとロズウェルの二人による不毛な言い争いは続いていた。



「――‥いい加減にしろっ! ロズウェル、貴様と言う男は〜〜!!!」



「………」

カーティスは掛ける言葉を失って頭を抱えていた。
そのそばできょとんと不思議そうな表情を浮かべてユリシスは立ち尽くしている。


「ねぇ、カーティス……あの二人はいつもあんななの?」

「……申し訳ありません、殿下。お見苦しいところをお見せしてしまって……」

どうしたものかと、穴があったら入りたい勢いで頭を抱えるカーティスがそこにいた。


「今日もぼくの稽古、お預けになっちゃうのかな……ねぇ、止めなくていいの?」



「そうですね。このまま放っておいても同じ事の繰り返し。少々、手荒な真似ではありますが……」

そう言ってカーティスは不安そうな表情をして自分を見上げてくるユリシスを一瞥すると、そのまま瞳を伏せて口元で小さく言葉を紡ぎ始めた。




『――‥聖なる焔(ほむら)の巨神、火の精霊サラマンダーよ……契約の名のもとに、そなたの力を我に貸し給え。この手に宿りし不死なる力の源よ 焼き払え、浄化の炎……』


ゴアッとカーティスの体から紅蓮の炎が沸き上がった。
ユリシスは驚いて後ろへと後ずさる。



「二人とも、いい加減にしないか! ――‥灼熱焔鎖(ローイン・トール)!!」

カーティスはそのまま両手に溜めた炎の塊を分散させ、訓練施設の中央で言い争っている二人に向けて容赦なく解き放った。



ドンッ



宮廷中に轟音とも言える爆発音がけたたましい音をたて鳴り響く。一瞬にして静かだった宮廷内が騒然としだしていた。


ガシュンッ

バスッ


訓練施設内でも、唐突な攻撃を受け止めたかのような二種類の異なった音が鳴り響いた。
カーティスのすぐそばで耳を塞いで縮こまっていたユリシスは、おそるおそる顔を上げてその方向を見遣る。




「――‥っ〜! カーティス、いきなり何てことするんだい!? 危うく喰らっちゃうところだったじゃないか!!」

そう叫びながら自らの愛剣を前に構えているロズウェルだったが、その剣の刃に微かに炎が纏わり付いているように見える。
ひそかにその場所が僅かに焦げてもいた。

「……全くだ。気付いたからよかったものの……突然中級クラスの焔の魔法をぶっ放すとは、どういった了見だ!!?」

そう言うベルリオールも手前に両手を掲げており、僅かに魔法で結界を張ったであろう名残がその手に残る微かな光で見て取れた。



「……チッ、流石だな。ベルは光の防御結界、ロズはその剣で私の魔法を斬ったか……」

いまいましげに舌打ちをしてカーティスは唸っていた。




「うわぁ……三人とも、凄いね? ぼく、ちょっとびっくりしちゃったよ。魔法って、剣で斬れるんだ……」

微かに苦笑を浮かべてユリシスは感じたままに無邪気に感嘆の声を上げる。


「殿下、普通は魔法は剣などで斬るものではありません。ロズウェルが異常(アホ)なだけですから、くれぐれも参考になどしないように……」

カーティスはそう言って無邪気に佇む幼い王子の言動から、将来はさぞ大物になるであろうことを確信していた。

元々備えている高い魔力もさながらに、天然を装うこの王子の頭の良さと飲み込みの早さは
この後に携わる指導により明らかになることになる。












「――‥殿下は筋がいいですね。頭も良いし、飲み込みも早い。きっと将来は有望な騎士になりますよ」

やんわりと微笑んでハッキリとそう言ったロズウェルの顔が脳裏に浮かぶ。

遠き日の幼い頃に教わったロズウェルの剣技と叔父であるベルリオールの光の魔法。
そして現役の宮廷魔道士長のカーティスから受け継いだ膨大な知識容量と、魔法に関する心得を含むそのすべてが現在のユリシスを形作っていた。










「……叔父上は怒っているかな? 勝手に宮廷を飛び出して行方不明になってしまったことを……ねぇ、ニナ」

膝の上で体を丸めて穏やかに眠る小さな白い獣の背中をそっと撫でながら、ユリシスは神殿の一室に設けられた今宵の宿の窓から見える銀色に近い夜空の月をはかなげに見つめてそう呟いた。

穏やかに、緩やかに、静かな夜が更けって行く。
初夏の生暖かい風がさらさらと優しく、いつまでも新緑の木々を揺らしていた。


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