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ざわざわと木々が春の風にさらされて騒いでいる王宮の中庭で、魔道士風のローブを羽織った風色の髪をした少年が目の前にそびえる大木を見上げとても困ったような表情をしていた。
つい先日、少年はこのゲシュタット王宮に上がってきたばかりである。
「――‥姫様! 危ないですから、いい加減に降りてきて下さいよっ」
中庭の隅とは言え、存在感のある大木を見上げながら少年は叫ぶ。どうやらこの大木の上に王女が登っているらしい。
「だいじょーぶですわ。ねぇ、セオールも登っていらっしゃいな。とってもいい眺めですわよ?」
大木の上から無邪気な王女――アナスティアの声が返ってくる。セオールはさらに困った表情になり頭を抱えたい衝動にかられた。
(……全く。とんだおてんば王女だな……)
内心で呆れながら大きなため息をつき、一度瞳を伏せてゆっくりと息を吸うと
「姫、いい加減にしろ! 落ちて怪我をしても、俺は責任をとらないからな!!」
少年はそう言葉を荒げて再び叫んだのだった。
「っ!?」
唐突に荒げた言葉を使ったセオールに驚いたアナスティアは、びくりと体を震わせてつい木の幹につかまっていた両腕を緩めてしまった。
それを見計らったかのように突風が吹き上げ、大木を大きく揺らした。
「!! ……っ、あ!?」
少女の体がぐらりとバランスを崩して今まさに落下しようとする光景がセオールの金色の瞳に映り込む。
「姫!!」
一瞬、世界が暗闇に変わるような錯覚を覚えた。
(……間に合わない‥――)
「っ、風よ舞いあがれ! 浮揚の双翼(アムルタート・フェザー)!!」
ザアッ
セオールの声に答えるようにして風が舞い上がった。
ざわざわと唸りながら渦を巻き、それらは地面に達する寸手のところでアティに纏わり付いてその体を宙に浮かせた。
「えっ!?」
ふわりと浮かび上がる自らの体に不思議な感覚を覚えてわたわたと手足をばたつかせる。
「……きゃ…っ…!」
どさり。
アナスティアの体は、浮遊魔法が解除された後にセオールに抱き留められる形でそのまま落下した。
「――‥だから言ったんだ、いい加減にしろと」
明らかに不機嫌そうな声色でセオールは言った。
「うっ。ごめんなさい……」
「これに懲りたなら、もう危ない遊びはしないで下さいね? アナスティア王女」
大きなため息をついてわざとらしく少女のフルネームを口にし、腕の中にいたアナスティアを地面に立たせてやる。
セオールは乱れたローブを整えながら彼女の顔色を伺った。
しかし未だしょんぼりした様子で俯いている少女を見て、また深いため息がもれた。
「……まぁ、今日のところは怪我もなかったようだしこれ以上は咎めませんが……」
「……」
「二度目はありませんからね」
「……はい……」
最初に出会った時の天使のようなセオールの笑顔とは裏腹に、
この日、現在の彼の性格を思わせるような――そんな一面を垣間見た気がしたアナスティアだった。
ー3/3ー
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