薄暗い闇の中で少年はふと目を覚ました。後も先も考えず感情のままに生まれ育った故郷を飛び出して来たのは、つい半年ほど前の事。
背にした大木に体を預けたまま短くため息をついて、彼は紫暗の夜空を物憂いに仰ぐ。
闇夜にもはっきりと映る見事な金色の長い髪を秋口の風がさらさらと揺らしていた。
「――‥あぁ、そうか。今夜は月が出ていないのか……」
碧色の瞳で夜空を見据えてぽつりとそう呟いた。
しばらくそうして寝起きで思考の働かない頭のまま、ぼんやりと空を眺めていた。
「……うぅっ……ゆぅりぃ〜 どこぉ?」
ふいに、薄闇に小さく響く幼い子供の泣き声にも似た声に気付いて少年はハッと我に返った。
もたれていた大木から上体を起こし、いつでも鞘から抜けるように抱えていた自らの愛剣を手にして声の主を探す。
「シーナ?」
「……ゆぅり、どこ? 暗くて何にも見えないよ……」
“シーナ”と呼んだ幼い子供の声は今にも闇の中に消え入りそうなほどに小さく、はかないものだった。
「こっちだよ、シーナ。おいで……」
そう言って暗闇の中で自分を探す幼い少年に優しく声をかける。
そうして、両の手の平に淡い碧色の光を集めてそれらを空に浮かせた金髪碧眼の少年は、自らの位置を知らせるかのように真っ暗な闇の中に光の雨を降らせた。
「ユーリ!」
光の中に佇む金髪碧眼の少年の姿を見つけたシーナは、がばりと抱きついてその名前を呼んだ。
ユーリはそんなシーナを優しい眼差しで見つめると、寝癖のついた黒い髪にそっと触れてぽふぽふと撫でてやった。
「なぁ、これ何?」
周りをふわりと踊りはじめた幾つもの光たちに触れようと片手を広げながら、シーナは尋ねる。
「ふふ。これは蛍火の灯(ルミナライト)と言ってね……光の精霊たちが作り出す、補助魔法の一つだよ」
「……すげぇ、綺麗だなぁ。なんか“ホタル”みたいだ……」
「ホタル?」
シーナが口にした聞き慣れない言葉に、ユーリは不思議そうな表情を浮かべて思わずそれを復唱してしまった。
「……うーん、何だろう? 何となくず〜っと前にこれに似たのを見たことある気がするんだけど……よく、わかんねぇや」
そう言ってシーナは気難しそうな表情で首を傾げてみせる。
「……もしかしたら、それはお前の故郷に関係するものなのかも知れないね」
「こきょう?」
「やっぱり、何も思い出せないのかい?」
「……」
優しく問いただすユーリの言葉に、シーナは困惑してその大きな紫暗の瞳を揺らしていた。
胸元に光るプラチナのプレートペンダントをきゅっと握りしめ、不安な面持ちでユーリを見上げた。
「――‥ユーリは、どうして俺を助けてくれたの?」
「……、」
ふいに投げ掛けられた少年の問いに思わず返す言葉を失った。
――ただ、不安だった。生まれ育った故郷を離れて初めて感じた寂しさと、先行きの見えない不安に心が押し潰されそうになっていた。そんな時に、ふと訪れた町外れでシーナを見つけたのだ。
そう、たまたま。
誰でも良かったのかも知れない。孤独な心の隙間を埋めてくれる何かを、
自分を必要としてくれる誰かを、
ただ求めていただけなのかも知れない――。
(……私は、何て酷い人間なのだろう)
優しいふりをして。
ただ、自らの自我を保つために、何も知らない少年に手を差し延べた。
助けるふりをして。
ただ、崩れ落ちそうな心を繋ぐ何かを求めただけだった。
すべては自分のため。
立ち尽くす二人の少年たちを包むように漂っていたやわらかな魔法の光がゆっくりと闇夜に消えて行った。
そうして再び月も星も出ていない真っ暗な夜空が広がる。
「……ごめんね、シーナ。私はただの“偽善者”だ」
微苦笑を浮かべ、服の裾を掴んでいたシーナの右手を払いユーリは歩き出した。
ぽつねんとその場に一人残されたシーナは暗闇の中で動くことが出来ず、去って行くユーリの背中を見送る事しかできなかった。
「っ、ユーリ……待って……! 何処に行くんだよ」
「………」
「……ぃや、だ。俺を、置いて行くのかよ……一度掴んだ手を、いまさら手放すなっ! バカーーー!!」
叫ぶ少年の声が暗闇にこだました。
ー2/4ー
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