「……やった、か?」
薄闇のせいでよくは見えなかったものの、構えていた剣をおろし力無く周りを見渡すと、その場で二人を囲っていた数体のコヨーテであったであろう黒い塊が地面に横たわっているのを目視出来た。
「だけど、このまま彼等を転がしておくのはあまりに可哀相だね。弔ってやらないと――‥」
ユリシスは剣を鞘に納めながら雷で黒焦げになった獣たちの死体に歩み寄った。
「馬鹿っ、近づくな! まだ生きている!!」
叫ぶアスタロテの忠告もむなしく、動かなくなったと思っていた獣の一体が、突如牙を剥いて近づいてきたユリシスに襲い掛かった。
ガアァッ!!
「!?」
受け身を取る余裕もなく、目の前が真っ暗になったその瞬間の出来事だった。
「ユーリッ!!」
初めて、自分の事を愛称で呼ぶ彼女の声を聞いた気がした。
覚えているのは眼前に飛び散る赤い鮮血。倒れ込む細い体を受け止めながら冷静さを欠いて放った防御壁のまばゆい光――。
自ら放った光が消え、周りに転がっていた焦げた黒い物体もなにもかもが無くなった後には再び静寂が戻っていた。
茫然自失状態になっているユリシスの腕の中で、アスタロテはぐったりと横たわっていた。
褐色の背中に、先程ユリシスをかばってコヨーテの鋭い爪に切り裂かれた傷が痛々しい。
「……アス、何故こんな……」
「ふふ、何故……か。全く……何度も告白……しているのに、どうして素直に受け止めようとしない……」
絞り出すように言葉を紡ぐアスタロテの体を抱きしめながら、ユリシスは呟くように呪文の詠唱を始めていた。
だが――光を集めかけた自らの右手をギュッとにぎりしめ、回復をかけようとした呪文の詠唱は途中で打ち切られてしまった。
何故なら、ユリシスが使おうとしていた回復魔法は聖なる力であったから。
アスタロテにとって、ユリシスの持つ光の力は『毒』でしかないのだ。
「っ、私の力では……君を助けられない……」
「……気に病む事は、ない。この体では、どのみち助からない……」
うなだれるユリシスの頬にそっと手を添えて、アスタロテは無理矢理笑ってみせた。
「ユーリ、わたしを殺せ。どうせ助からないなら……せめて、お前の手で――‥」
終わらせて欲しい、と。そう彼女は付け足してもう一度微笑んだ。
風に曝された木々が五月蝿く騒ぎ立て、焚火から火の粉が舞い上がる。
『ありがとう。本当に、愛していたよ――』
肉体が朽ちて消え去る直前に彼女が言った言葉がいつまでも耳に残っていた。
つい先程まであった温もりが消えたユリシスの左手には、その時彼女が握っていた一本の細身の剣だけが遺った。
ー4/5ー
prev next