遠くの空が赤く染まりかけた頃、気まずい雰囲気の中でようやく野宿の準備が整っていた。
木と木の間にコテージを張り焚火を燈して鍋を火にかけ、不法な侵入者を避けるため周りには結界を張り、安全を確保する。
宮廷を出て約3年余り――。
放浪の旅を続けているうちに最初は抵抗があった野宿にも慣れてしまった。
沈黙が、ユリシスとアスタロテの間に流れていた。あれから一言も口をきいていなかった。
街へ買い出しに行ったシーナも未だに帰ってこない。
すでに日が落ちて辺りは薄暗くなってきていた。
「……シーナの奴、遅いな。本当に大丈夫なのか?」
長く続いた沈黙を先に破ったのはアスタロテの方だった。
「あの子ももう子供じゃないよ。君が鍛えてくれたお陰で随分たくましくなったし……」
最初はどうなる事かと思ったけれどね――と付け足して、ユリシスは彼女の問い掛けに答えた。
「だがやはり心配だ。その辺りを少し探してくるよ」
と、アスタロテが立ち上がった時――。
ヒュッと複数の何かが彼等の周りを囲っている事に、彼女は気付いた。
「!?」
腰にさげていた愛剣の柄に右手をかける。
(……何だ? 何かがいるが、正確に気配をつかめない)
尖った自らの耳を傾け、周りを囲うものの正体を必死で掴もうとしていた。
以前よりも感覚が鈍っていることを感じつつ、アスタロテは剣を鞘からぬいた。
「コヨーテか」
いつの間にか剣を構えたユリシスが自分と背中合わせに立っている事に気づく。
「数が多いな。すっかり囲まれているようだし……」
短くため息をついて薄闇の向こうにいるであろう複数の敵の気配をユリシスは捕らえた。
「っ、来る!?」
その声が合図となって、周りを囲う黒い獣――狼よりも一回り小さな体で、鋭い牙を剥き出しにしたコヨーテたちは今宵の獲物を目掛けて襲いかかった。
「……ちっ、数が多すぎる。剣だけでは太刀打ちできないぞ!?」
剣を振り次々に襲い掛かってくるコヨーテたちを退けながらアスタロテは舌打ちした。
黒い獣たちの頑丈な肉体には、剣での攻撃だけでは致命的なダメージを与えられてはいなかった。
「……こんな事なら魔法剣も学んでおくべきだったかな?」
などと余裕をかまして愚痴るユリシスに
「馬鹿王子! そんな事を言っている場合か!!」
と、アスタロテは思わずツッコミを入れてしまった。
「……仕方がない。ユリシス、少しだけ時間を稼げるか? わたしが呪文の詠唱を終えるまでの間でいい」
そう言って右手を横にかざし、アスタロテは意識を集中させるべくその紫暗の瞳を閉じた。
『夜の闇に轟く雷(いかずち)よ、汝は我が手に宿りし制裁の力……幾多の雷雲を集め――来たれ、豪雷の剣!!』
横にかざされた彼女の右手に光が集まった。詠唱に応えるようにして、薄暗い空には雷雲が立ち込めていた。
「雷神閃光弾(ヴォル・テール)!!」
カッと辺りが光り、アスタロテとユリシスを避けた雷たちは彼等を囲んでいたコヨーテを一掃してみせた。
ー3/5ー
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