―二年前―
「……ユリシス。今日はやけに静かだと思っていたが、シーナはどこに行ったんだ?」
シャーロムから遠く離れた森林地帯――。
ここで今宵の野宿の準備をしていた金髪碧眼の青年に、彼女は話しかけた。
紫銀の長い髪を風に揺らし、褐色の肌と人間にはありえない尖った耳、背中の黒いコウモリのような羽がとても印象的な女性である。
「あぁ、近くの街まで買い出しに行っているよ」
くすりと微笑みながらユリシスは答えた。
「大丈夫なのか? お前がやった魔力制御用のチョーカーがあるとは言え、あいつを一人にさせて……」
腕を組み、訝しげな表情で黒い羽を持つ女性は言った。普段シーナとはあまり仲良くなさそうにしているように見えて、こうやって心配する彼女の素直でない性格をユリシスはそれなりに気に入っているのだが――それ以上に、彼女が自分のそばに居続けることにそろそろ限界を感じていた。
「……アスタロテ。このまま私のそばにいたら、君は本当に死んでしまうよ……」
穏やかな表情に少しだけかげりをみせて唐突にユリシスは言う。
問いにそぐわぬ言葉に、アスタロテと呼ばれた黒い羽の女性は不機嫌そうな表情になってズカズカとユリシスのそばに歩み寄ると、力任せにその腕を引き、驚いて振り向いた彼の唇をいきなり塞いだ。
「っ!?」
その勢いでバランスを崩し二人して後ろへ倒れ込む。
「……何度も言ったはずだ。わたしはお前のそばに居たいから居るのだと。例えこの身に負担がかかろうと……お前のそばを、絶対に離れない」
アスタロテは倒れ込んだユリシスの上に馬乗りになってそう言い放った。
「仕方ないじゃないか……わたしは、魔族でありながらお前に浅ましい想いを抱いてしまった。禁忌と知りながら、愛してしまったんだから……」
「……アス……」
魔の者にとって、ユリシスの持つ聖なる力は甘い毒だと彼女は言っていた。
「私は君を……死なせたくないんだよ……」
それは悲痛な願い。
例えいくら愛していても、相成れない互いの存在がもどかしくて仕方がなかった。
触れればそれだけ彼女の命は削られて行く。せめて自分が普通の人間であったならば――そう何度、願ったことだろうか。
ー2/5ー
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