月の雫 | ナノ

聖魔の森7



***


「――‥お見事。どうやら上手く急所をはずしたようだな」

そう言って冷笑を浮かべながら灰銀色の拳銃を構えた男は、肩を押さえて地面に転がるユリシスを冷たく見下ろした。





「……っ!」

鮮血の滴る右腕にはもはや愛剣を握る力すら残っておらず、主から手放されたユリシスの細身の剣は、ガシャンと音をたてて少し離れた場所に弾き飛ばされていた。




「さて、次は外さぬ。この場で死んでいただこうか、ユリシス王子……」

くすくすと不気味に笑い、男は拳銃の引き金をゆっくりと引いていく。







その刹那、


ビュッと冷たい風を裂くようにして一本の矢が飛んできた。
それは拳銃の引き金を引こうとしていた男の手に見事に命中し、その痛みと衝撃に男は驚いて目を見張る。
次の瞬間――男の手を離れた灰銀色の拳銃は、暴発して地面に転がっていた。



ガゥ…ンッ…



再び耳をつくような銃声が静まり返った森の闇に響き渡る。












『――‥誓約の名のもとに、我に集いし聖なる剣。今、この手に宿るは天上の裁き……』


いずこからか聞こえる詠唱の声に応じるように、辺りの空気が冷気を纏いうごめき始めていた。





『……其は、蒼き流氷の源となりて原子を砕く氷柱とならん』



冷たく青い光が暗い森を照らし出す。それはみるみるうちに広範囲におよび、一種の結界のような形に変化した。
周りを巻き込みうごめくそれは、幾つもの氷柱となってユリシスを避け拳銃を構えていた壮年の男を囲う。



『――氷雪の刃(ラピスファング)!!』


「……な、に…!? くっ! この膨大な冷気は――」



ピシィッ


男を囲った無数の氷柱が勢いをつけて襲い掛かる。
それは当たると同時に四方に弾けて一瞬にして対象を氷漬けにし、男の動きを完全に止めた。
そして氷像と化した男だったものは、次の瞬間――音もなく、粉々に砕け散ってしまったのだった。




「ユリシス様っ!!」

あゆは慌て白獣の背中から飛び降り、地面に横たわるユリシスの側へと走り寄る。
彼女が降りたのを確認すると、ニナはふっともとの小さなフェレットほどのサイズに戻り、小さくなった純白の羽をはためかせて主の元へと飛び込んで行った。








「……こんな場所へ、ニナの結界もなしに……あんたはどれだけ自分を犠牲にしたら気が済むんだ!? 皆が、どれだけ……っ」

ふいに木陰から静かな罵声が投げ掛けられ、あゆははっとしてその方向へ視線を移した。
声のトーンを落とし普段の軽いノリの口調とは違うその声には聞き覚えがあった。
そうしてゆっくりと木陰から神妙な面持ちで姿を現したのは、少女のよく知る人物――ルーカスであった。




「ルーくんっ!?」


「……」




ピシャリ。

「っ」

神妙な面持ちのままで少女の側へと歩み寄ってきたルーカスは、唐突にあゆの頬を軽く叩いた。
いつになく真剣な表情で、彼の琥珀色の瞳が少女の大きな闇色の瞳を捕らえている。





「君もだ。無茶ばかりして……ここがどれだけ危険な場所か、聞いていたんだろう?」






「……ごめん、なさい」

困惑して瞳を揺らし、あゆは俯いて小さく謝った。






「……ルーカス、お嬢さんを責めるな。私が未熟なばっかりに……お前にまでこんな真似をさせてしまって――」

辺りを覆い尽くす冷気の中で先程放たれた氷の魔法の残骸たちに視線をやりながら、辛い体を無理矢理起こしてユリシスは呟いた。

ついさっきまで人であったモノ。

憂いを含んだ表情をして、粉々に砕け散ってしまったそれらの肉片を一瞥する。







「……人を殺したのは初めてではありません。こんな世の中ですし、俺は俺の守るべきものを守っただけですよ……」

申し訳なさそうに見上げてくる少女と自らの主君と言うべき青年に視線を落として、ルーカスは微苦笑を浮かべてそう言った。







「……俺の仕えるべき主君はあんただけだ。それは多分、セオールも同じだと思います。だからあえて言わせて頂きますが……」

ルーカスは、スッと立ち上がり腕を組む。






「……もっと自分を労れよ、この馬鹿王子! シーナの無茶ぶりは絶対にあんた譲りだな!?」

そう、突如荒げた言葉を口にしたルーカスの言動に一瞬だけ驚くような仕草をしたユリシスだったが……

「ふふっ やっと私を対等に見てくれたね、ルー? 無茶をしてみた甲斐があったかな……」

などと呟くその様子に、








「「はあっ!?」」

しばしの沈黙の後、まじまじとユリシスを見つめ二人は揃って素っ頓狂な声を上げる。

苦笑しながらさらっとそんな問題発言をするこの金髪碧眼の青年――もとい、自らの意志で仕えるべき主君と宣ったはよかったものの……

先を読んでいたかのようなこのユリシスの言葉に、


(……はめられたのか!?)

そう思わずにはいられないルーカスであった。



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