聖魔の森6
「……っな、なに!?」
風の音に混ざって聞こえてきた微かな銃声に、あゆはびくりと体を震わせて辺りを見渡した。
セーラー服姿に背中には木製の弓をしょって、慌て飛び出してきたときに持っていた矢筒を歩きながら腰に提げた。
肌をさすような冷たい空気とどこまでも続く森の中の闇は、不気味なくらいに静まり返っていた。
(……今のって、銃声だよね? 奥の方から聞こえてきたみたい)
あまりあてにならない感覚を信じて、あゆはまた眼前に広がる闇の向こうへと進んで行く。
この先にいるであろうユリシスの後を必死で彼女は追っていた。危険など省みず――ただひたすらに。
(……あたし何やってんのよ。王子様を追って行ったところであたしに何ができるの? ただ、一人で行かせるのは危険だと思って……それだけだったんだけど……)
逆に足手まといになるだけじゃないのかと、そんな風に思いながらも少女は歩き続ける。
ざわざわと木の葉のこすれる音が耳鳴りのように響いていた。
…キィ…ィ…ン…
「っ、痛……!」
(なに? 耳鳴り!?)
唐突に感じた何かにはっとしてあゆは歩く足を止めた。
突如頭に響くような耳鳴りに似た感覚。それは以前、いつだったかこの世界に飛ばされる前に感じたものとよく似ていた。
キィン…
キ…ィ…ン…
(……っ、痛い……何なの!?)
続く耳鳴りに、あゆは立っていられず頭を抱えてその場にうずくまった。
『……ぃ…で……様、は……この先に…――』
「!?」
『――‥は、や、く……』
「誰なの!?」
耳鳴りのようにカタコトに響く声に、あゆは眉をしかめて頭を抱える。
偏頭痛にも似たその痛みは意識を持っていかれそうなほどに激しくなっていった。
バサバサッ
ふいにあゆの頭上から羽音が聞こえて、巨大な影がその場に座り込んでいた彼女を覆った。
「!!?」
驚いて空を仰ぐと、その視線の先には純白の翼を持った巨大なうさぎのような竜のような生き物が宙を舞っていた。
そしてそれはうずくまって空を見上げるあゆの姿に気がついたかのように、こちらへ向かって降下してきたのであった。
ズン、と、大きな音をたてて地面を揺るがせ、その巨大なうさぎのような生き物はあゆの側へと着地した。
『……ご主人様はこの先にいる。早く私の背中に乗りなさい!』
「えぇっ!?」
『驚いてる場合じゃないです。このまま私のユリシス様に何かあったら、アナタを一生恨みますからねっ』
そう言ってふんと鼻をならす巨大な白い獣。
正確には声が聞こえているのではなく、頭に響いてくるような感覚であるのだが――そんな獣の横暴な態度にあゆは従うしかなかった。
「……もしかして、ニナちゃん? 王子様を追いかけてきたんだね」
あゆはそう言って巨大な白獣の背中にまたがる。
『あの方は私の大切なご主人様です。こんなに邪気まみれな場所で体にどれだけの負担がかかるか……急ぎます!!』
ばさりと大きな純白の翼をはためかせあゆが背中に乗ったことを確認すると、ニナは地面を蹴って再び空へと舞い上がった。
少女を背中に乗せその場から巨大な白獣が退散した後には、ひらりひらりと純白の羽が風に舞っていた。