月の雫 | ナノ

聖魔の森5



***


鬱蒼とする暗い森の中を、青年は歩いていた。軽装の旅装束を身に纏い、その腰には細身の剣が二本大切そうに携えられている。
暗い闇にさえも映える見事な金色の髪を風に揺らし――ユリシスは、蒼白な表情のままで先に広がる真っ暗な森の奥を見据えた。


(――‥思っていた以上に、邪気がきつい……)

そう内心で苦悶して肌を刺すように冷たい空気を感じていた。
その肩に今は聖獣の姿はない。最愛の妹のことで冷静さをかいて慌て城を飛び出してきたため、いつも連れていた聖獣――ニナはそのまま城へ置き去りにしてきてしまったのだ。


(ニナがいなくても魔法を使うことは出来るが……その分、私自身が無防備になってしまったか)





片時も離れることなく従えていた聖獣には主を邪気から守る役割もあった。
聖力(ちから)を増幅する存在でもあるのだが、普通の人間よりも倍以上に邪気にあてられやすいユリシスの特異体質にとって、ニナの結界がない状態は致命的なもの以外の何物でもないのだ。


冷たい風が吹いてざわざわとまわりの木々を揺らしていた。
何処までも続く暗い闇の向こう側――そこを抜けた先には、シャーロムから大陸の西南よりに位置する隣国のデューク王国がある。

デュークに行くためのルートはいくつか存在するのだが、わだつみの湖を通りこの“魔族の森”を正面から抜けて行くルートが一番の近道であった。



(あの子が無事にこの森を抜けたとしたら、おそらくデュークに……僅かな希望でしかないが、どうか無事で――)

それは祈りにも似た希望だった。無事であって欲しいと願う、切実な思いを抱きながら眼前に広がる森の奥に向かってユリシスは歩いて行く。













「――‥ほう。また珍しい獲物が迷い込んできたものだ」

ふいに、背後から男の声が聞こえた。




「!?」

ユリシスは歩く足を止めて背後を振り返る。するとそこには、一人の壮年の男が灰銀色のシンプルな装飾の拳銃を構えて立っていた。
不覚にも気配を感じ取ることが出来なかったことに対し、ユリシスは愕然とする。




「……捜す手間が省けたわ。そちらから出向いて来るとはな」

拳銃を構えた男は口の端を吊り上げて冷徹な笑みを浮かべ、そう言った。





「何者だ? 私を知っていると言うことは……デュークの者か、それとも裏ギルドの関係者か……そのどちらかだな」

動揺する心の内を悟られぬように、表面上の冷静さを保ちながらユリシスは尋ねる。本音を言ってしまえばかなり辛い状況であった。
森に漂う邪気にあてられまともに戦闘が出来るほど激しく動ける正常な状態ではない。
せめてニナがいればそれを回避することができたのであろうが――彼女は今、ユリシスの側にはいないのだ。


相手は拳銃。
剣などで太刀打ち出来るはずはない。しかもここまでの至近距離ともなると、結界すら効くのかどうかあやしい状況であった。











「っ! 蒼光の槍(ニーヴルスピア)!!」

詠唱を省き空中で素早く光の魔法陣を描く。
そこから一本の槍を象った光がユリシスの手の平から目の前に立つ男へと向かって放たれた。

唐突に放たれた光の魔法に対し男は一瞬その目を見張ったが、すぐに独自に開発されたであろう特殊な結界を張り巡らせその瞬間にそれを弾き飛ばした。








「甘いのだよ」

静かな殺気を宿した男の瞳がぎらりと光る。
吊り上げた口からそう言葉を紡ぎながら男は構え直した灰銀色の拳銃の引き金を容赦なく引いた。





ズカァ…ァンッ






冷たい空気を纏った薄暗い森に、銃声が響き渡った。



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