月の雫 | ナノ

聖魔の森2



***


(……眠れなかった……)

チュンチュンと微かに聞こえる小鳥の囀りに耳を傾けながらあゆはベッドから上体を起こし、力無く俯いてしばらくの間ぼうっとしていた。
そうしてけだるそうに窓の外へと視線を移すと、明るい太陽の光が窓から差し込み床に敷かれた絨毯を照らしていた。



「朝だよ……小鳥が囀ってるよ……あたし、全っ然眠れてないのに……あぅ……」

そう呟いて、彼女はまた布団に突っ伏してうなだれた。


(……王子様、確か今日お城に戻ってくるって言ってたっけ……)

「はぁ。仕方ない……セオくんにどやされる前に起きるか……」

大きなため息をついてぶつぶつと独り言を呟きながらあゆはのそのそとベッドから出て行く。







コンコン。

ふいに、寝室のドアを軽く叩く音が聞こえてあゆはやれやれと肩を竦め、あ〜も〜とぼやきながら扉を開けた。



「おはよう、お嬢ちゃん」

「……」

その瞬間、頭の中で意識が飛んだ気がした。
いつものようにセオールが怒鳴り込んで来ると思い込んでいた彼女は、開け放った扉の外にいた意外な人物に思わず言葉を失って立ち尽くしてしまったのだった。










「ルーくん!?」

しばしの間を置き、少女はその人物の名前――もとい愛称を口にした。


「……何、その間? おにーさん、ちょっと傷ついたよ……」

「ごっ、ごめん。まさかルーくんが来るとは思ってなかったから……うん。おはよう……」

かくっとうなだれるルーカスに対して軽く謝罪した後、あゆは苦笑しながらぎこちなく挨拶をする。
普段あまり話す機会もなく自分よりも随分と歳が上と言うこともあり、セオールやシーナと言った同年代の人間と接する機会の方が多かった彼女は、ルーカスとどう接したら良いのかわからずこうして直接彼と対面して話をする事に未だに慣れずにいた。



「……ねぇ、今日はどうしてルーくん? セオくんとシーナはいないのかな……」

「あぁ、今日は二人とも朝から出掛けてるな。宮廷内にはいないみたいだけど……」

「そ、そっか……二人とも色々と忙しいもんね。多分、今日は得に……」

(……き、気まずい……うぅっ、何だろう……この緊張感!? そう言えばルーくんは知ってるのかな? 王子様のこと……)

会話が続かず内心で狼狽えながらそんなことを考える。





「……あゆ?」

ふいに、ルーカスが真面目な声色で少女の名前を呼んだ。

「はっ、はい!?」

唐突な事で思わず返事を返した声が上擦る。



「君、何か隠し事してない? それとも俺って君に嫌われているのかな」

そんな事を言われて、それを否定しようと頭を振ってルーカスの方を見上げた時、あゆは彼の琥珀色の瞳とばちっと目が合ってしまった。
怪訝な表情をしてこちらをじっと見つめられている。





「いや、あの、あのねっ……」

そう言ってバツの悪そうにしている事に対して言い訳をしようとした時だった。









「お前も相変わらずのようだね、ルー? あまり女性をそんな風に見つめるものではないよ。お嬢さんが困っているだろう」


そう言って開けられたままになっていた寝室の扉の外――廊下から、穏やかな青年の声が聞こえた。
あゆはルーカスの肩越しに廊下に佇むその青年の姿を見つけると、あっと口元をおさえる。


そして聞き覚えのある声に振り返り、その先にいた金髪碧眼の青年の姿を目にしたルーカスは、喫驚して言葉を失っていた。






「ただいま、ルー。元気だったかい?」

青年はそう言ってにこやかに微笑んでいた。









「っ、ユリシス殿下!?」

その間およそ数秒。
驚きのあまり声を大にしてユリシスの名を呼んだルーカスの声が、王女の寝室に響き渡った。



prev [2/8] next
top mark

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -