王子の帰還8
「……っ!」
自分に対して優しく微笑む青年にみとれて、あゆは思わず言葉を失っていた。
(この人が……!?)
呆然とする少女の黒い大きな瞳に映る青年の姿は金髪碧眼の端正な面持ちの、まさに乙女が夢に描くような白馬の王子様のイメージそのものであった。
(……セオくんとは、全然違う綺麗さだ……なんて言うんだろう……)
「貴方が、行方不明の王子様……?」
美しい青年の容姿に魅入ってしまっていたあゆは、無意識のうちかつい出た言葉にはっと我に返った。
小さく、あっと声を上げて慌てて自らの口を塞ぐ。
ゆっくりと、受け止めたあゆの体を解放しようとしていた青年の動きが、その時一瞬だけ止まった気がした。
「……」
「……」
「――‥君は、誰だい?」
穏やかだと思っていた青年の声色が変わる。あゆはその少しの変化にびくりと体を震わせて、背筋が凍り付くような感覚に見舞われていた。
「……」
(っ……な、に? これ……この人、怖いよ――)
体が硬直して青年の碧色の瞳から目が離せなくなっていた。
そんな時だった。
青年の肩越しにこちらへ慌てて走ってくる黒い髪の少年の姿が、動けなくなっていたあゆの視界に飛び込んできた。
「あゆ!!」
名前を呼ぶ少年の声に、ふわりと解放されたようにあゆの体が動く。
青年の横をすり抜けて、息をきらせて走ってきた黒髪の少年――シーナの胸に飛び込みあゆは何かに怯える小さな子供のように、肩を震わせていた。
「……ったく。何だってこんなタイミングでユーリに遭遇してんだよ、お前は」
シーナは小さなため息を一つついて、あゆの癖のある栗色の髪をくしゃっと撫でる。
その直後、
『きゅぅ』
「ふえっ!?」
ふと顔を上げてシーナを見上げようとしたあゆは、唐突に鼻の頭を何かにペロリと舐められて情けない声を上げていた。
気がつくとシーナの肩に見事なまでの純白の翼を持ったフェレットほどの大きさの小さな獣が、首を傾げてあゆをじっと見つめていた。
白獣のサファイアを思わせるような青い瞳の奥に、唖然と口を開けたまぬけな少女の姿が写し出される。
「な、な、な、何っ!?」
『きゅん』
一度可愛いらしく鳴いてその白い獣はばさりと翼をはためかせシーナの肩から飛び立つと、あゆの後ろに佇む金髪碧眼の青年の元へと戻って行った。
「……繁華街を歩いてたら、コイツが飛んできたんだ。それでユーリがいるってわかった……」
しばしの時間を置いてシーナはおもむろに口を開いた。
あゆはそんな彼の後ろへ隠れながら、未だ怯えたような様子で目の前に立つ金色の髪の青年の顔色をこそこそと伺っている。
「つーか、ユーリ! コイツを怯えさせてんのお前のその胡散くせぇ笑顔だろ。なに警戒してんだよ?」
やれやれと肩を竦めてシーナは言った。
「失礼だね、シーナ。お前から全く連絡がないから早目に帰って来てしまったんじゃないか。何のために先に来させたと思ってるんだい?」
「……」
青年はにこにこと笑顔を湛えたままさらりとそう皮肉を言ってのける。
そんな彼から視線をそらし、あまたの方向を見遣ってシーナは黙り込んでいた。
「……その娘は何者だい、シーナ? 他の者の目はごまかせても、私には通用しないよ」
微かに落とした声色で、静かに青年は問い質す。
「コイツはあゆ。半月ほど前だったか? ちょっと事情があって、セオールが宮廷で保護したらしい。お前の妹姫――アナスティア王女によく似てるけど、別にコイツはそれで何かをしようとしてるわけじゃねぇよ」
裏ギルドの関係で神経が過敏になってるのはわかるけど――と付け足して、少々ふて腐れたように唇を尖らせてシーナは説明した。
それからセリーヌを含む4人は、立ち話をするにはあまりに複雑な事情だからと神殿内に用意された客室へと場所を移すことにした。
そうしてこれまでの経緯を簡潔に話し、互いに掴んだ情報のやり取りと今後のことについての話し合いの場を設けたのであった。