月の雫 | ナノ

王子の帰還7



「……とは言ったものの、ここはどこらへん? 広すぎて自分が何処にいるかがわかんない……」

騒然とする町並みを見渡しながら少女は一人歩いていた。シーナと別れてどれくらいの時間が経ったのだろうと晴れた青空に浮かぶ太陽を仰ぐ。

「まぁ、とりあえず……お城は街の何処からでも見えるみたいだから、最悪迷子になっても大丈夫かな? あはは……はぁ〜」

こんな時に自らの方向音痴を呪ってしまいたい衝動にかられながらあゆはがっくりとうなだれて大きなため息をついた。


「こっちに行ったら何があるのかなぁ?」

キョロキョロと様子を伺い、騒然とした場所から少し離れた静かな畦道を歩きながら独り言を呟く。
しばらくそのまま歩いていると、真っ白い滝を背中にしょった形で建てられている寺院のような建物が遠くに望めた。


「? 何だろう、あの白い建物」

そう呟いてあゆは歩いていた足を止める。
さらさらと吹いた初夏の生暖かい風が、少女の栗色の髪とセーラー服のスカートを揺らした。



ばさり



ふいに、風に揺られた近くの大木から何かが飛び出してきたことに気付いた彼女は、その方向に視線を移した。
純白の羽をはためかせ、それは少女の頭上を優雅に旋回する。


「鳥!?」


太陽の光を浴びて、その羽を持った何かは影となってあゆの黒い瞳に映っていた。
はらりと純白の羽がセーラー服の襟元に舞い落ちる。そうしてその白い鳥のような何かは、そのまま翼をはためかせて街の方角へと飛んで行ったのだった。









「……ニナちゃん! 何処? まだ傷が完全に癒えていないのに、飛び回っては駄目よ」


ふと、呆然とした様子で純白の翼の生き物が飛び去って行った方向を見つめていたあゆの耳に、どこからかはかなげな少女の声が響いてきた。
あゆはハッと我に返って声の聞こえてきた方向を見遣った。






「あっ? 姫様!? まぁ、驚きました。このようなところにいらっしゃるなんて……」

「えっ!?」

あゆは驚いて目を見張る。
ライトグリーンのやわらかそうな長い髪を揺らし、司祭のローブを身に纏った同年代の少女がそこにいた。
ただ普通の少女と違うのは、尖った耳の形と透き通るような白い肌の色。彼女はとても清楚で可憐な雰囲気を持っていた。


(……だ、誰っ!? あたしをお姫様って呼ぶってことは……王女様の知り合い? ど、どうしよう……)

あゆは内心で慌てふためいてどうしていいかわからなくなり、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。



「あんまりお久しぶりでお忘れになりました? セリーヌですよ、姫様」

にこりと微笑んで、セリーヌと名乗った少女はそう言った。



「……あ。えっと……ちょっと、お散歩……?」

苦笑いを浮かべてあゆは答える。セリーヌはきょとんとした表情で首を傾げていた。




「あ、あの〜……今、何か探していなかった?」

「……あっ、そうだわ。ニナちゃんを見かけませんでした? まだ傷が癒えていないのに飛んで行ってしまって……街の方に行ったのかしら? どうしましょう、殿下がそろそろお戻りになる時刻ですのに……」

(ええっ!? 殿下って……セオくんが言ってた行方不明の王子様のこと?? たっ、大変! シーナに知らせなくちゃ――)

セリーヌの言葉にあゆは狼狽えた。


「あっ、あのっ。わたし、そろそろ戻らないと……ごめんなさい。失礼しますっ!」

そう言って苦笑しながらあゆはくるりと踵を返した。唖然とするセリーヌを尻目にそのまま走り去って行こうとする。




「あっ!?」


唐突に走り出したために、足を取られてぐらりとあゆの体が揺らいだ。

(やばっ、こける!?)

「きゃ……!」





だがその刹那、

どさり。と、地面に倒れそうになったあゆの体を何かが受け止めた。

ふわりと薄手のマフラーのような長い布が視界をかすめる。



「……唐突に走り出しては足を取られてこけてしまうと、何度言ったらわかるんだい? アナスティア」

あゆの耳に聞き慣れない穏やかな青年の声が届き、おそるおそるその方向を見遣る。
こけそうになったあゆの体を受け止めたのは、さんさんと輝く太陽の如く見事に美しい金色の髪を持った碧色の瞳の青年であった。



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