王子の帰還6
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天気の良い午後の、宮廷前の噴水広場。
セーラー服を身に纏い、あゆはまた口煩い宮廷魔道士の少年の目を盗んでこっそりと城を抜け出して来ていた。
突然、王女と間違われて寝室において命を狙われた事件からおよそ一週間が経とうとしていた。
「くあ〜。解放感! 軟禁状態からやっと抜け出せたよ〜!!」
大袈裟に背伸びをして、晴れた青空を仰ぎながら少女は叫ぶ。
「……あのなぁ、あゆ。脱走の手伝いを人にさせといて第一声がそれか!?」
大きなため息と共に、少女から少し離れたところからそんな少年の罵声が飛んできた。
「いいじゃん。堅いこと言わないの! 情報収集手伝ってあげるから。ねっ、シーナ♪」
「ねっ♪ じゃねーよ! 後でとばっちり受けるのは嫌だからな!? セオールの魔法喰らったら命がいくらあっても足りねぇや」
「……まぁ、確かに。凄かったよね、あの時も……」
「あいつらが来てくれなきゃあん時だって――俺だけでお前の事、守れたかどうか……」
少しだけ瞳に陰りを落として、シーナは力無く呟く。
腰に提げた短剣にそっと触れてもう一度短いため息をついた。
「大丈夫だよ。ごめんね? あたし、無茶ばっかしてるよね。でもシーナにはちゃんと感謝してるんだよ?」
「………」
ぽふぽふとシーナの黒髪に触れてあゆはにっこりと微笑む。
「そんなカオしないの! また湖に落っことされたいのかな〜、シーナくんは!?」
「……んなっ!? お前なぁ!」
「あははっ 君はそうやってればいいんだよ。元気が一番! 落ちてるシーナなんてシーナじゃないんだから。ほら、早く行こ?」
あゆは楽しそうに笑ってその場を駆け出した。城門を抜けて石造りの階段を下り、城下に向けて走り出す。
シーナはそんな少女の様子を見て苦笑していた。
「まったく、何なんだよあいつは。しょうがねぇなぁ……」
やれやれとそう呟きながら肩を竦め、シーナも彼女の後を追って城下に下りて行った。
「それにしても、すごい人波だね城下街は」
シーナと二人肩を並べて歩きながらあゆはおもむろに口を開いた。
行き交う人々に視線を向けながら広大な自然に囲まれた城下の街を堪能する。
「まぁな。ここいらじゃ一番大きな街じゃねぇかな? 人口もハンパねぇし……」
「そうなんだ? あたしはここ以外知らないしよくわかんないけど……街の外って、何があるの?」
「とんだ箱入りお姫様だな、お前。何かワケアリで宮廷に居るのは知ってるけど……」
「まぁ いいじゃん、そんなこと……。こうしてるのも何かの縁かも知れないし、今を楽しく過ごせたらそれでいいよ」
そう言いながらシーナの言葉を何気に遮り、あゆは微苦笑を浮かべていた。
少しの沈黙が肩に重くのしかかる。シーナはそんな彼女の横顔をしばしの間見つめて出かけたため息を噛み殺した。
「……あっ そうだ! 悪い、あゆ。俺ちょっと用事があったんだよ……一人で大丈夫か?」
「えぇ〜!? この期に及んでこんなウラワカキ乙女を街中に置き去りにするの!? 信じらんな〜いっ」
「……何がウラワカキ乙女だよ。アホなこと言ってんじゃねぇ」
ビシッ
半ば冷めたような表情をして、シーナはあゆのおでこにデコピンをかました。
「いった……ぁ、何すんの!?」
「ウラワカキ乙女がそんな物騒なモン持ち歩くか? 何だよ、その背中にしょった弓矢一式は」
くいくいとあゆのセーラー服の襟に隠された木製の弓とひそかに腰に提げた矢を指差し、シーナは呆れたようにそう言った。
「あ。バレた? でもコレ、護身用だもん。まぁ、これがここで役に立つのかどうかはわかんないけど……あたしにはコレしかないし」
「お前、弓矢使えるのか」
「まぁね。的は外したことないよ。これでも主将やってたし、インターハイにも出場したことあるんだよ、一応」
「主将? 何だよ、インターハイって……時々意味わかんねぇ言葉使うよな、お前……」
(……でも何だ? その言葉、俺知ってる気がする……懐かしい響きのような……)
あゆの口から出る意味不明な言葉を聞きながら、シーナは怪訝な表情をして内心でそんなことを考えていた。
「わかったよ。じゃあ、行ってらっしゃい。あたしも適当に見学したらお城に戻るから心配しなくても大丈夫だよ? もしかしたらルーくんに会うかも知れないし……」
「あ? あぁ。別に心配してねぇけど……まぁ、気をつけろよ」
「うん。じゃあねっ」
言って、あゆはくるりと踵を返して歩きだした。
道行く人混みに消えて行く少女の背中を見送った後、シーナも繁華街に向かって歩みを進める。
何度か振り返ってみたが、様々な種族が行き交う人混みには得に変化はなかった。