王子の帰還4
「そこ! 何をやっているんだ!? そんな逃げ腰で構えた剣など、敵前では通用しないぞ!!」
ガキッィイン
ビクビクと怯えながら剣を構えていた若い兵士風の青年の剣が、大きな音と共に弾かれる。
その衝撃で痺れの走った腕をさすり、青年は指導を施していた金髪の軽装の鎧を身に纏った淡い水色のマントの男を見上げていた。
「……っ、無理ですよ! イキナリ貴方と手合わせだなんて……」
「はぁ〜。全く、最近の若者は根性が無くていけないねぇ……」
やれやれと軽く肩を竦めて、水色のマントの男は大きなため息をついた。
「……相変わらずだな、ロズウェル。暇だからと言ってまだ見習いの兵士を虐め倒すな」
そんな騎士風の男の光景を少し離れた場所で壁に体を預けて傍観していた、深い緑色のローブを纏った魔道士風の青紫色の長髪をアップに結い上げた男が、呆れたような面持ちで言葉を投げかけた。
ロズウェルと呼ばれたその騎士は、こちらで控えている青紫色の髪の男の側まで歩み寄るともう一度大きくため息をついて同じように壁に体を預ける。
「だってねぇ、ルーカスくんが私の後を早く継いでくれないから。……ねぇ、カーティス。君からも言ってみてくれないかい?」
「断る。そもそもあれが私の言うことを聞くと思うのか?」
(だ、誰!? 美形なおじさまが二人……今、ルーくんの名前が出たよね? 関係者??)
二人の壮年?の男たちの会話をこっそりと扉の陰で聞いていたあゆは、そんなことを内心で思いながら彼らの様子をまじまじと凝視してしまっていた。
「……ときにお前の息子だが、あれも相変わらずのようだな」
「あ〜 最近会ってないねぇ。セオールは元気にしているのかい? 私はどうもあの子には嫌われているようだからね」
「……それは、お前の日頃のそういったいい加減な態度が原因だろうが。お前の悪影響のお陰で、ルーカスもあんな軽薄な人間になってしまって……頭が痛い……」
「うわ〜、幼なじみの親友に向かってそうゆうこと言う? ひどいなぁ、カーティス……」
くすんといじけて見せるロズウェルの様子にやれやれと頭を振り、カーティスはまた頭を抱えてしまった。
再び大きなため息がもれかけて、それをどうにか呑み込む。
(……何だかどこかで見たことあるような光景かも。もしかして、ルーくんとセオくんのパパたちなのかな!?)
普段のセオールとルーカスのやり取りを見慣れているあゆにとって、この二人の壮年男性のやり取りが全くそれと同じような光景に思えてしまい思わず吹き出してしまいそうになっていた。
そうして暫く彼らのやり取りをこそこそと遠目から観察していることにした。
その刹那、
唐突に背後から腕がのびてきたことに気付いたあゆは、驚いて叫び声をあげそうになった。
「きゃ……」
もがっ
『〜〜っ!!?』
とっさに背後からのびてきたその手に口を塞がれ、少女の叫び声は噛み殺されてしまう。
振り返ると、そこには淡い紫色の髪と琥珀の色の瞳を持った少女のよく知る青年が、微苦笑を浮かべながら立っていたのであった。
『し〜っ! 何でこんなところにいるんだ、君は!?』
琥珀の瞳の青年は、耳をうつように小さな声でそう言った。
『……ルーくんこそイキナリびっくりするじゃん! 寿命が十年くらい縮んだよっ!?』
『静かにして。あの二人に気付かれるとマズイんだよ! ほら、行くよ? セオールが鬼のような形相で君を……』
こそこそと悟られないように声を殺しながらそう言うルーカスだったが――そんな心配をよそに、あゆは不満そうな表情をして背後に現れた青年を見上げていた。
「ん? おや、そこにいるのはルーカスくんじゃないか」
ふいに投げ掛けられた金髪の騎士――ロズウェルのノリの良い声に、ルーカスはぎくりと冷や汗をたらし笑顔を引きつらせた。
(……何でわかるんだ、あの人はっ!? 故意に気配を殺しているつもりだったのに……)
そう内心でうなだれて、覚悟を決めてルーカスはあゆを背中に隠しながら扉の陰から出て行った。
「どうも、ご無沙汰してます? アークエイル騎士団長――と、ネオグランド魔道士長」
若干上擦った声色になりながらもそう挨拶をする。
「ルーカスく〜ん! ご無沙汰だなんて、毎日顔を合わせてるじゃないか〜〜。
そんなこと言われたら、おじさん泣いちゃうよ!?」
(……あはは……何かどっかで聞いたことのあるような台詞……。つーか、セオくんのパパ?って、ルーくんそっくりだな)
ルーカスの背中に隠れながらあゆは苦笑いを浮かべてそんなことを考えていた。
「全く、お前は……またサボっているのか? いい加減な態度にもほどがある。情けない……」
「……いえ、申し訳ありません。姫を探していたものですから――見つかったので、すぐにもどります。失礼します」
久しぶりに顔を合わせたであろう親子の、何ともぎすぎすした会話であった。
ルーカスは真面目な表情で二人に一礼をすると、くるりと踵を返しあゆを連れてその場を後にした。
「――‥カーティス、あれは酷いんじゃない? どうして君はいつもルーカスくんに対してあんななんだい。リシュカくんには優しく接しているのに……」
「黙れ、ロズウェル。あれの日頃の執務態度に問題があるからだ。厳しく接して何が悪い?」
無表情にロズウェルを見据えてカーティスはそう言い放った。
ロズウェルは深いため息をついて軽く肩を竦めると、やれやれと呟いて部下達の待つ稽古場へと戻って行ったのだった。