王子の帰還2
「並の方法では貴方の聖力(ちから)を封じることは出来ないのでな。少々手荒な真似をさせて頂いた」
「……聖獣封じの印、と言うわけか。まさかそれを使える者がアサシン・ギルドにいるとはね」
少し離れたところで地面に横たわるニナの身を案じながら、ユリシスは自らの心の隙を悟られまいと男を見据えそう言った。
穏やかな表情に変化はないが、微かに歪ませた口元には冷笑すら浮かべていた。
(――‥聖力を封じられては防御結界は張れないか……さて、この危機をどう切り抜ける?)
内心でそんなことを考えながら、こういった状況に陥った時の対処法をいくつか手繰り寄せてみる。
当然、暗殺者の男の攻撃に容赦は無く魔法の使えないユリシスに対しても攻撃魔法を巧に操り攻めてくるのは目に見えていた。
(……やはり、斬るか。剣の刃が傷むからあまりやりたくはない芸当だが、この際そんな悠長なことも言っていられない)
そう決断してユリシスは自らの愛剣を構え直す。
そんな中で彼は遠い昔の幼き日に自分に剣の指導を施してくれていた、父親の腹心の部下であった一人の騎士の男の事を思い出していた。
――‥殿下は筋がいい。頭も良いし、飲み込みも早い。
将来は有望な騎士になりますよ、未来の国王陛下……
その騎士の男は、やんわりと微笑んではっきりとそう言った。
「さぁ、実力を見極めさせて頂こう。聖力を封じられた状態で貴方はどうする?」
「悪趣味だね……暗殺者(アサシン)と言うモノは、そんな輩が多いのかな?」
ユリシスは自嘲ぎみに笑う。
男は再び口元で呪文の詠唱を始め、大剣を振りかざした。
ガキッ…ンッ!!
ユリシスの細身の剣が男の大きな剣を捕える。しかし男はその状態を保ちながら言葉を発し、先程放った魔法とは違う攻撃呪文を唱えていた。
「霧雨(ミスト)!」
ピキッと言う微かな音をたて、男から放たれた冷気がユリシスの愛剣を凍らせる。
「くっ!? 氷の魔法まで心得ているのか……っ!」
(……チッ。微かな冷気とは言え、厄介な……)
ユリシスは内心で舌打ちをした。男の大剣がギチギチと音をたててそれを止めたユリシスの細身の剣を押さえ込み、その反動でユリシスはガクリと膝を折って地面に座り込む形になっていた。
「貴方の実力はその程度か? そんなふぬけた剣で……自分の身を守ることもできぬか!!」
「……っ! なめてもらっては、困る。私を誰だと思っている!!?」
ザシュッ
瞬時にして肉を切り裂くような音と共に、男の首筋に衝撃が走った。
ビシャッと赤い鮮血が飛び散り、その真っ赤な液体がユリシスの美しい金色の髪を赤く染め上げる。
男は次の瞬間、グラリと地面へと倒れ込んでいた。
「……この程度で私を殺すなどと、みくびられたものだね。こんな形でこの剣を抜く羽目になるとは……」
左手に握る細身の剣に視線を落として、ぽつりとユリシスは呟いた。
何があっても絶対に使わまいと誓い、常に腰に携えていたもう一本の剣。
それは数年前に一緒に旅をしていたとある仲間が遺した、大切なものだった。
ユリシスはふっと短くため息をつくと、左手に握るその細身の剣をそっと鞘に戻した。
微かに土煙が蔓延する中で、先程“聖獣封じ”を受けて気絶した白い獣――ニナの側へと歩み寄ると、彼は彼女の体を気遣いながらその体をそっと抱え上げる。
「ごめんね、ニナ。痛かったろう? すぐに手当てをしてあげるからね……」
そう言って優しくニナの背中を撫でてやる。
そうして再び青く晴れ渡る空を見上げて、ユリシスは目前にあるゲシュタットの城下街に向かい歩きはじめたのだった。