眠る姿に痛々しさを覚える事も無ければ、同情の念が湧く事も無い。
形容しがたい気持ちが胸に湧くのは、確かなのだけれど。
正体が掴めない。指先ですら、触れる事が出来無い。
いっそ捨ててしまいたい程の飢餓感を伴って、この身を焼き尽くさんとする。
命を繋ぐ沢山の無機質な管を取り去ってしまえば。
或いは、明確な答えを得る事が出来るのだろうか。











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深く深く吸い込んだ息を、空気に溶かす様に、少しずつ吐いた。
重苦しさを孕んだ空気へ溶かすには、質量が足りなかったらしい。
溜め息は、音となって霧散した。
沢山の挿管チューブに拘束された目前の男は、先程やっと、死の淵から這い戻ったばかりだ。
血に塗(まみ)れた手術着を脱いで尚、この部屋には濃厚なまでの血の匂いが漂っている。
恐らく、ロー自身に匂いが染み付いてしまっているのだろう。
これまで、数々の“死の匂い”を纏って来たが、これ程までに脳を痺れさせる匂いを知らない。
苦手とする甘ささえあって、表情には出さず、ローは静かに戸惑った。
直感だけで動いた身体も、理由の無い善行も(或る意味では悪行なのかもしれないが)、全く以って自分らしからない。
処置中は無心に近かったが、峠を越えた今、思う処は多々有る。
一定の速度で以て薬剤を送り込まれるその姿を無感動に眺め、又ぞろ血の滲み始めた頬の傷をなぞった。
指先に、ぬるりとした感触。
低い低い体温が伝わる、生温いそれ。
あの壮絶な戦いを経て、しぶとく生き残っている証。



何故、こんな姿になってまで、生にしがみ付く?
生きる理由が有るならそれは、“海賊王”の称号を手に入れる事だろう。
血の繋がらない他人を助ける事に、なんの意味が有る。



声には出さず問い掛けても、応(いら)えなど無い。
弾力の有る頬からは、答えなど読み取れない。
その間も、正常な人間の体温ではないルフィの身体が、ローの体温を奪って行く。
体温を奪う位の事で目覚めるなら、いくらだって奪って行けば良い。
そして、この不可解な“何か”に答えを寄越すべきだ。
彷徨わせ続け冷えた指先に、いっそう冷たいものが当たる。
無機質な、生を維持する道具。
安定し始めたばかりで、予断は許されない。
けれど、指が勝手に動いた。そこに、ローの意思は無い。
人工呼吸器を外したその指で、淡い色の口唇に触れる。
…柔らかい。
そうしなければならないかの様に、ローの身体が前方へ傾ぐ。
先にあるのは、文字通り満身創痍で意識を失くす、ルフィの幼い寝顔。
間近に迫って初めて、意外と長い睫毛に気付く。
ローは青褪めた頬をもう一度撫で、距離を詰めた。

同じ器官で触れた口唇はやはり冷たく、生が、危うい処で繋ぎ止められている事を思い出させる。
口唇のかさつきを慰撫する様に舌を這わせると、ぴくりとちいさく戦慄いた。
ローは咄嗟に身を離し、一歩後ずさる。
己は一体、何をしたのか。
帽子を手に取り、残った手で乱暴に髪をかき上げた。
らしからぬ事ばかりが続き、頭が可笑しくなりそうだ。



「…、…」



ちいさく息を吐いた時、ルフィの口唇が意思を持って動いている事に気付いた。
意識を取り戻す事など有り得無い。完全に、無意識下の行動だろう。
開いていた距離を詰めたローは、いまだ動き続けるルフィの口元へと耳朶を寄せた。
吐息と共に、切れ切れの音が聞こえる。この世の苦しみ、哀しみを全て凝縮した様な、ひどく胸を突く声。
ローは目を見開いた。次いで、ギリと強く奥歯を噛み締める。
歯など簡単に折れそうな程、強く。




「ぇ、す…っ」

「…!」


驚愕の眼差しでルフィを見つめながらも、狂暴なうねりが身の内から噴出しない様、必死で抑え込む。
そうでもしなければ、瀕死の状態にあった人間の首を、今にも圧し折ってしまいそうだ。
これは、明確な憤り。
もうこの世には居ない男の名を呼ぶ愚かなルフィと、存在しなくなって尚、ルフィを縛り続ける忌々しい男へと向かう、明確な憤りだ。
憤る理由など分からない。
分からなくても、破壊衝動を伴う程の、強い。









「…残念だったな」


憤りを内包したまま胸の内で笑んだローは、確かめる様にもう一度冷たい口唇を攫った。
コイツは、確かに今、ここに居る。
こちら側から死者へ何かを発信する事が出来無いのと同じ様に、死者からこちら、生を持つ人間へと発信する事は出来無い。

ルフィの願いは、万に一つも叶う事は無い。





「アンタの処にゃ、行かせねェよ」





なァ、麦わら屋。
早く目を覚ませ。目の前の絶望を見ろ。
テメェにはもう、何も残っちゃいねェんだ。

おれ以外の、何も。










人工呼吸器を元通り装着し、一定の速度で明滅する数値達を眺める。
異常が無い事を確認したローは、ルフィの眠る、薄暗い処置室を後にした。
閉ざされた扉に、鍵を掛ける。

誰一人として、入り込めぬ様に。
不可解な憤りの要因が、抜け出せぬ様に。



掴み損ねるばかりの“何か”を、失くさぬ為に。















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真面目ぶりました済みません。
作者はこの上無くふざけたどティキン野郎(物凄いティキン野郎の事)なのに、真面目ぶって済みません。真面目と云っても、ズレたヅラ様並みに頭皮剥き出しですね。
阿呆の本性がちらっちら見え隠れしております。
そして、すき勝手に色々ぶちかましました。ので、雰囲気と粋で乗りこなして頂ければ幸い!

閲覧して下さり、誠に有難うございました!







10/10/05
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