大方予想はついていたが、やはり芦名の向かった先は体育教官室であった。息を弾ませながら、やっと芦名に追い付くなり彼女は愕然とした。小さく炎が体育教官室の隅を燃やしていたのだ。

「なっ…なんですか、これは!」
「やっぱり…最初に感じていた違和感はこれだった」
「なんでこんな非常事態に落ち着いていられるんですか!早く誰か呼ばないと…」
「まだ呼んじゃ駄目だ。…ねえ、柏原さん?」
「え、?」

芦名が校舎の上方を見る。つられて三科も上を仰ぐ。小柄な女子生徒が窓からじっとこちらを見ていた。

「柏原?、でも、」

予想だにしなかった友人の登場に三科の表情が驚愕の形に固まる。芦名は隣の体育倉庫に置いてあったバケツの水をかけ、炎を消した。

「なんで柏原がここに?今日は体調が悪いから早退して、さっき家から私の携帯に電話を…」
「なる程、そうしてアリバイを作ったわけだ。彼女はずっとあそこにいたよ、あそこで先行きを見ていた」
「……」

小柄な女子生徒・柏原は階段を下りて二人の前に立った。何も言わずただ黙って無表情に芦名の顔を見つめている。「人が来る、場所を変えよう」芦名は女子二人を促し、漫研の部室へと移動した。全員が席についた後、芦名がおもむろに話し始める。

「綿の盗難事件、恋愛相談、デマ火災事件、校内放送。俺は最近ずっと違和感を感じていた。そして三科の『二回目は誰も信用しない』という発言でその違和感の原因がわかった」

芦名の気迫に圧倒され、三科は固唾を飲んで芦名を見つめる。柏原はただ静かに動揺もせず、芦名の言葉に耳を傾けている。

「まず、初めに明らかにさせておくべきことは「私が体育教師と関係を持っていたということ」

芦名の言葉に被せるように柏原が相変わらずの無表情で言葉を発した。三科はその内容に今まで以上に驚きの表情を隠せない。柏原は初めて悲しげな表情に変化し、少しの沈黙の後、話し始めた。

「…私は、恋人から暴力を受けていた。そのことを三科によく相談していた。…でも、日に日にエスカレートするそれに耐えられなくなった」

柏原は一拍置き、また続けた。三科はそれを少し不安そうに見守る。

「私との関係を持っていることを学校側にバラすことも考えた。でもそんなことをすれば、その後私が周りにどんな風に見られるかはわかりきっている…。私は奴を直接的に痛めつけることにした」
「じゃあ…柏原が放火をしたの?でもあんな短時間であんな遠くまで…」

三科の問いに答えたのは芦名だった。

「いや、それは少し違う。火をつけたのは柏原さんであって柏原さんじゃない」
「…?」
「三科は電気と綿ほこりが湿気により発火することを知っているか?柏原さんはその現象を利用したんだ」
「綿ほこり…?…あ、!」
「テディベア部から綿を盗んだのは柏原さんだ。それ程大量必要だったとは思えないから、きっとごく少量だろう。そんな些細なことは大した噂にもならない」
「梅雨の時期、湿気は充分にある。いつものように体育教官室に連れ込まれた柏原さんは部屋の中のコンセントに細工をした。これなら誰も誰かが故意に起こした事件だとは思わない。いくら調べても不慮の事故止まりだろう」
「…でも、そんなに上手く行くものですか?あの辺りは人通りも多いし…」
「一度目の放送はフェイクだ。二度目を信用させないためのな。体育館辺りは人通りが多い。そうする必要があった。放送部の柏原さんなら録音した自分の声を放送することも可能だ」
「……」
「そして三科に電話をすることでアリバイを作り、放送室からも体育教官室からも遠い場所から計画を見定めていた」
「…その計画も貴方に見抜かれてしまったことでおじゃんですが」

柏原は開き直ったように、苦笑混じりで悲しく微笑んだ。冷たい微笑みだった。三科が柏原を優しく抱き寄せた拍子に柏原の頬を目に溜めていた涙が静かに流れた。

「確かに人を憎み傷つけようとすることは褒められたことじゃないけど、柏原さんにはそこまでする理由があった。それに計画を見定める中には他に被害者が出ないように見張っていたというのも加わっているしな」
「それで水の張ったバケツがあそこに置いてあったの…」

柏原は三科から離れ、涙を拭った。「参ったな、なんでもお見通しですね」無表情でも機械的な声でもなく、恵まれた環境に生きる少女のように幸せそうに笑った。




・・



「うぬー……ぬあー…。…っしゃあ!」
「大きな声を出すな!振動で倒れたらどうするんだ!」
「先輩こそ声が大きいです!」

小さな室内で女子生徒と男子生徒が、机の上に組み立てたブロックのビルから、本体を崩さぬようにそうっとブロックだけを抜き取る、そんな遊びをしていた。室内には危険な緊張感が漂っている。「次は俺の番だな」男子生徒はそう言うと真剣な表情で慎重にブロックを抜き取る。女子生徒も息を飲んでそれを見守る。物音一つない静寂に包まれた。彼が持つブロックが本体を離れると思ったその時、携帯電話の着信を知らせるバイブ音が鳴り響いた。驚いた彼の指先が揺れる。

「ガッデムッ!!」

ビルはガラガラと虚しい音を立てて派手に崩壊した。それを見た女子生徒が途端にガッツポーズをとる。

「イエス!私の勝ちです!」
「誰だよ、こんな大事な時に電話なんかしやがって!」

彼は心底怒りながら乱暴に電話をとる。

『もしもし、芦名さんですか?柏原ですけど』
「あんたかよ!空気読めよ!」
「うわ、そのセリフ先輩だけには言われたくないなぁ」

女子生徒は横目で呟いた。電話相手の女子生徒は少しショックを受けた口調になる。

『迷惑でしたか?』
「あー…うん、っていうか、なんで三科じゃなくて、俺?」
『芦名先輩は頼りになりますから』
「……」
『どうされました?』
「…いや、なんでもない。で、何の用?」
『ちょっと困ったことがあって、来ていただきたいのです』
「うちは探偵事務所じゃないんですけど!漫研部なんですけど!」
「良かったですね、頼りにされて」
「あれ?三科なんか怒ってる?」
「怒ってませんよ、ええ怒ってなんかいません」

漫研部は今日も平和であった。



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この作品はのはしばさんの『終章』という作品に影響を受けた管理人が二次創作という形で書かせていただいたものです。本家の方を是非ともご覧ください!はしばさん、ありがとうございました!!







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