燃えるように赤かった空は徐々に落ち着きを取り戻して、今ではすっかり青ざめた顔をしている。ゆっくりと、しかし、確実に明度を落としていくも彩度は美しさを保っていた。鮮やかに青を帯びた縹色(はなだいろ)はそれほどに見る者を魅了する力があった。

夕月夜に誘われるように世界は闇に落ちてゆく。

『さあ、共に赤い夢をみよう』

太陽の遺言が聴こえたならそれが全ての始まりの合図。















自分で言うのもなんだけど、今まで私は真面目に生きてきた方だと思う。まだ23年しか生きていないけれど、勤務先や学校、友達との約束事に至るまで、欠席はもちろん遅刻だってしたことがなかった。卑怯なことや危険なこともしなかったし、親を悲しませることなんて絶対になかった。困っている人が居たら助けることが当たり前だと思っていた。そう教えられてそう育った。学校の成績も良い方だったので、良い勤め先で働き良い生活をしていた。沢山ではないが、親孝行だってそれなりにしてきたと思う。

そんな私が何故こんな場違いところにいるのか。どこで道を間違えたのか。









「今日から入った新人。みんな、よくしてやってくれ」

「…よろしくお願いします」

廃墟と化したもうずっと昔に使われなくなった学び舎。埃っぽい机や椅子が小さく低いことからここは小学校低学年の教室だということがわかる。机の上に椅子を逆さまに置いた総数40程のセットは左右端に分けられ、いくつかを自分の席として使う私と同年代くらいの女が7人。

手鏡を見ながら熱心に髪を編み込む者、気だるそうに化粧をする者、携帯をいじりながら煙草を嗜む者…様々だ。その全員が社長の言葉に私の顔をちらりと見て、まるで興味がないという感じで、各々好きなことを再開した。

…どう見ても歓迎を受けているようには思えない。未知に対する不安感やらここへ堕ちた絶望感やらとにかく負の感情で埋め尽くされていた私の心は暗闇に向かって真っ逆様に落ちていった。

元々、私がこんなところに居るなんて有り得ないことだ。今でも、人々に賞賛されるべき人生を送っていた過去の自分に戻りたくて、まるで当時の自分を他人のことのように羨ましく思う。

此処は『ガールズ・ファイト』。女子プロレスやその他の格闘技と似ているようで根本的に違う。彼らはスポーツ選手だ。私たちは言ってしまえば水商売。それもただオヤジのセクハラに耐えながら商売笑顔で酒を酌むキャバクラなんかではない(きっとそちらの方がいくらかマシだった)。ガールズ・ファイトの名の通り、女子同士で闘う。観客はオヤジ共。つまり、そういうことだ。私たちはとても表参道を歩けないような哀れもない格好をして、酔っ払って下卑な笑みを浮かべた客のヤジを背に浴びながら、醜く淫らに客を喜ばせる為だけに殴り合う。見世物。自分の体だけが商売道具。

「はい、これ。衣装」

シンプルなデザインの大きめの紙袋を受け取る。

「君、下の名前、なんだっけ」

「美衣子です」

「そうそう、それ。何か猫っぽいなって思ったから猫にした。君の名前は猫娘ミーコね」

名前の感じで役職が決まるのか此処は。今更ながらえらいところに来てしまった。

社長が出て行って、手渡された紙袋を開いた。ノースリーブタートルネック(ヘソ出し)。丈が7センチ程のキュロット(尻尾付き)。腕まで覆う手袋とニーソックス(肉球仕様)。猫耳カチューシャ。全てがピンク色ふわふわ生地のアンサンブル。23にもなって羞恥心にも程があるが此処では当たり前なのだから、そんなことばかり言ってられない。私は手早く着替えた。今更躊躇う方がなんだか恥ずかしい気がしたのだ。

周りを見渡すと他の人達はもうみんな着替え終わっていた。従順そうなメイド、男勝りなレディース総長、Sっ気たっぷりの女王様、チャイナドレスを着た中華娘などなど実に様々だ。共通して言えることは全員がどこか官能的な雰囲気を醸し出していた。

次々に教室を出てリングである体育館に向かっていく。私も行こうとした時、女王様に呼び止められた。彼女は目をはる程美人だが、鋭い眼光が近寄りがたくさせる。

「アンタ、あたし達のこと可哀想だと思ってるでしょ」
「……」

「アンタに哀れまれる筋合いなんてない。この仕事は嫌々やって出来る程甘くないのよ!やる気がないなら出て行きなさいよね」

「……」

めっちゃ命令口調&上から目線だ。普通に女王様だ。しかも、鞭とか持ってるから尚更怖い。私は内心怯えながら、でも顔には出さないように努力して、ぺこりと礼をしてその場を走り去った。

「遅い、新人」

「すみません…」

息を切らしながら体育館裏へ移動すると、私より後に教室を出た女王様は既に集合場所に着いていた。瞬間移動…?

体育館には私の予想を遥かに超えた沢山の客が会場入りしていた。お喋りする声から既に興奮状態だということがわかる。こんなボロい廃墟にこんなに沢山の人が夜な夜な集まることを近所の人は知っているのだろうか。

社長がマイクを持って舞台に上がる。それだけで会場は一気に静まり返った。いよいよだ。私の闘いが始まる。私の緊張に応えるように首輪の鈴がチリンと軽い音を立てた。

長い夜はまだ、始まったばかり。



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