なんだろう、なんなんだろうこの言い表しようもない黒と白をぐちゃぐちゃに掻き混ぜた灰色に成りきれてもいないドロドロした感情は。気持ち悪い。この感情が私の中で蠢いている。誰か追い出してよ、この感情を私から消して!気持ち悪い。気持ち悪過ぎて苛々する。

「君は生きてるね」

笑顔で話し掛けてきた同級生に感じたのは疑問と戸惑い、それから苛立ち。なんなのこの人何を言ってるの何が言いたいのなんでそんなにムカつく笑顔なのやめてよ私に構わないで私の前から消えてよ!

「そんなに睨まないでよ。僕は君に害を与える者じゃない」

笑顔を崩さずにそう言うクラスメートの雰囲気は不自然で相変わらずキモチワルイ。この人の前で油断しちゃ駄目だ。喰われる。この人の目は狩人の眼だ。私を安心させておいて皮を剥いで肉にかぶりつき、血を啜って骨をしゃぶる気だ。危険キケン危険キケン。頭の中でサイレンがけたたましく鳴り響く。

この人と関わっちゃいけない。私が、死んでしまう。

「僕、浅見。君は?」











(うちの学年でイイ男って言ったらやっぱり浅見君よ!とっても可愛くて、守ってあげたくなるの)

人の印象を構成する際に一番重要なのはその人に対する情報だ。高い質と多い量であればあるほど偏見や先入観を省いたより正確なものとなる。しかしながらそのことを認知している人間は少なく、自分がその人に対して五感で感じ取った印象をそのまま彼彼女の本質だと勘違いするケースは少なくない。勘違いが自発的なものならまだしも、彼彼女によって意図的になされているものなら猶のこと始末が悪い。何が言いたいってみんな騙されてる、もうそろそろ気付いてもいいんじゃないか?

「失礼だなぁ、僕は人を騙したことなんて一度もないよ」

自覚がないことが最高にタチが悪い。いや、彼の場合それさえも演技なのだろうけれど。

お昼休みは屋上で栄養補給をして後は午後の授業の予鈴が鳴るまで、気分によっては放課後まで、呆けて空を眺めたり好きな雑誌を持ち込んだりひたすらゲームに熱中したり天気の良い日にはうたた寝をしたり、他と協調する必要も他に強制される必要もないお昼休みの時間は私の一日の中で唯一の至福の時であり、屋上の空間は唯一心休まる場所だった。

「ねぇ、何を考えてるの?」
「浅見君が居ない世界」

最近、侵入者が現れた。侵入者は例にもよって私のテリトリーに居着きやがった。コラァ、誰に許可得て入ってきてんだ、ショバ代払えコノヤロー。

「嬉しいなぁ、僕のこと考えてくれてるなんて」

ここから飛び降りて死ね。もしくは壁に頭部を打ちつけて死ね。笑顔をすり寄ってくる浅見を出来るだけ視界に入れないように気をつけて彼の攻撃をさらりとかわす。ストーカー被害に合い始めた当初に比べれば私も随分成長した。あの頃の自分の精神状態を考えると思わず涙が出る。

「僕はこんなにも君を愛しているというのにどうして君には伝わらないのだろう。溢れ出る愛の言葉を紡ぐ量が足りていないのだろうか?それとも純粋に僕の愛が足りていないのだろうか…」

大きな独り言で自問する浅見を放置し私はいつもの定位置に座って持参した小説を読み始める。

「そんな筈はない!僕は間違いなく彼女を溺愛している!僕の彼女に対する愛は誰よりも深い!」

不快。知ってる?浅見って浅はかな考えや意見っていう意味なんだよ。心の中でそう呟いて雑音をシャットアウトする為にイヤホンを装着してパンクロックをかけた。

「もしかしたら僕の愛は既に彼女に届いているんじゃないか?彼女は気付かないを振りしている…。しかし、そうだとして何故そんなことをする必要があるんだ?」

ん〜…さっき焼きそばパン食べたとこなのにお腹空いたなぁ。何か買いに行こうか。甘い物の気分だ、食後のデザートが食べたい。

「…そうか!わかったぞ。彼女は相思相愛を僕に伝えることに恥じらいを感じているんだ。それなら全て辻褄が合う」

私はカスタードプリンを手に入れる為、本を片手に購買部へ向かう。ああ、ミルフィーユでもいいな。…ミルフィーユなんて売っていただろうか。そうなると紅茶が飲みたくなる。オレンジ・ペコのアールグレイか…アプリコットも良し。

「愛しの君、僕と愛し合っているという事実を認めて欲しい。そうすることで僕らはもっと先へ進むことが出来る筈なんだ」

浅見は屋上のドアノブへ手を掛けた私の肩を抱いて耳元に甘ったるい声で囁いた。そのままさり気なく制服のスカートに手を伸ばす。

「それ以上触れたら、本気で殺すわよ」

私の殺意を込めた視線を突き刺しながら顔を平手打ちしてやるとやっと大人しくなった。かと思えば相変わらない気持ち悪い不自然な笑顔で「"それ以上"ってことはここまでは許容範囲なんだね」とおどけてみせた。

彼は馬鹿みたいに私への愛を連呼するが、もちろん私を愛してなどいない。紛い物の愛を作ろうと努力することで自分の存在意義を見いだしている。私は馬鹿みたいに彼からの愛を拒絶するが、もちろん彼を愛している。表面では愛を否定することで巨大過ぎる想いを削除し心を制御している。

彼は詐欺師。私は道化師。愛に恋した馬鹿な男と女。


















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