雨上がりの、澄んだ空に。

その橋を渡り、どうか愛しい貴方に届くよう。






「キラ?…メンテナンスは終わったか…って、何やってるんだ」
「おまじない中」
「?」
「無事に帰って来ますようにってさ」
「………」
「アスランの腕は信用してるけど、最後に頼りになるのはやっぱりこのコたちでしょう?」
「…プラス、キラのおまじないってヤツか?」
「だといいけどね。…はい、心を込めて整備も完了!」


どうか守りの力になれと、の機体に祈りを込めた。







放課後。
学校の門の前。
寄り掛かるようにして空を見ていた、小さな人影。

「キラ?」
「…!…アスラン!」

顔を上げて駆け寄ってきた親友。
満面の笑顔が、西陽に映えた。

「しごと、おわった?」
「さっきね。…キラ、帰ってなかったの?」
「まってた!いっしょにかえろ!」

元気良く差し出された右手。

「…うん」

重ねた手のひらは温かく、互いの頬までもがほんのり淡く、茜色に染まった。


の空の下、手を繋いで並ぶ、二つの影法師。







川辺りに自生していたそれを偶然見つけたキラが、突然駆け出した。
驚いたトリィが、肩から羽ばたいて行く。
アスランも後を付いて、土手を下りていった。

「すごい!こんなに小さな花なのに!」
「これは…菜の花か?」

一つは小粒な花弁でも、その生命力の高さで群れを成し、一面の菜の花畑を生み出していた。

「もう春だもんね」


野に咲く小さな色の花に、廻り巡る次の季節を想う。







「うわー、これが穴場ってやつ?」
「静かな田舎風景ってヤツだな」

オープンスタイルの車の助手席から身を乗り出したキラの目に入るのは、何もない一面の草野原。ずっと先には小高い丘が見えている。

車から下りて地に足を付けたら、途端に全身を風が包んだ。
二人揃い、大きく深呼吸をする。

「夏の匂いだ」

新緑の匂い。水の匂い。
太陽を身体中に満たしたくなるその場所で。

「さすが地球だね」


渡る風が見える程の大地の上に、の原が広がっていた。







雲雀が高い声を響かせて、雲の向こうに消えていく。
鳥が飛ぶことなど珍しくもないけれど、今日はその声がとても遠く、澄んだものに聞こえた。

…そっか。

「秋の空は、遠いものなんだっけ」

気付いて見上げた空は、言葉に相応しい透明な蒼。雲がやんわり尾を引いて、その先に消えていく飛行機雲を見付けた。

目を細めてそれを見送っていたら、

「キラ、トリィのメンテナンスが終わったぞ」

やって来たアスランの手から、馴染みの鳥が羽を広げてキラの肩に移ってくる。なんとなく元気になったように見えて、こちらまで顔が綻んだ。

「トリィ、空を見てきてよ。僕らの代わりに」

鳴き声一つ、翠の翼が空へと羽ばたいた。

追うように。
舞うように。
広い世界へ飛んでいく。

二人並んで、その軌跡を見守る。

果ての見えないその場所に、翼という手のひらを掲げて。鳥たちは遊ぶ。


空のさは今、君たちのものだから。







「寒い!あったかい!」
「急に掴むな!驚くだろ!」

指先からじんわり暖まっていく感触に、キラはほくほくした。
もっと暖を求めて手を押し付けたら、「俺が冷えるんだが」とぼやかれた。

「だって冬の特権だし。今しか許してくれないじゃない」
「暑い季節にどうしてわざわざ繋がなきゃならない」
「あったかくなりたいから繋ぎたいんじゃなくてさー…、…まぁいいけど」
「暑いの苦手なのはキラも知ってるだろ」
「クールビューティーなのにね」
「関係ない…」

キラは小さく笑う。そんな君が表情を変えるのが面白いんだよ。なんて思いながら。

いつもは暮れた冬空みたいな気配の親友が、色を変える場所。それが自分の隣なのが嬉しいから。文句を言いながらも離さないでいてくれる手のひらが温かい。


深く優しい、色の君。







そうして季節は廻り。
また、その場所へ。
待ち続けてくれた、その季節の色へ。

雨が上がり、澄んだ空が晴れ渡る。

全部の汚れを洗い流し、振るい落とし、まっさらな空を甦らせて。
そこに、沢山の色と、沢山の思い出を詰めた橋が出来上がる。



…―――虹の足元には、宝物が埋まっている。



それは当然のことだよねと、少年は笑う。

…だって、


「これを辿って行けば、その先に君がいるんだから」


その袂。
足の下。
きっと、今日も変わらずそこにいる。

橋を渡った先の、待っていてくれる君へ。
必ずまた、逢いに行くから。


限りのない愛しさを込め、願った。


至上のに映る、幸せな風景を―――。















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