シンとレイはその日、俗に言う『およばれ』というものをされた。

場所はクライン邸。
ラクスと、そして彼らの先輩たるキラが住む屋敷である。

翌日休暇が珍しく全員重なり、ちょうどいいから泊まっていきなよ、となったのである。聞けば来客用ゲストルームは沢山あるらしく、さすが国民的歌姫の屋敷、と納得したりもした。

夜になればキラの友人…シン達の先輩上司…も来ると言っていた。たまにこうして皆で家に泊まってわいわい騒ぐんだよ、というのがキラの言。そこに招待されたのだった。


そんなわけで、終業後、二人はクライン邸にやって来た。…一応の礼儀の為、慣れない手土産なんかも持参して。







扉を前にして、間抜けにも口を開けながらシンは呟く。

「………金持ちの家…」
「中に入ったら、もう少しオブラートに包んだ発言をしろよ」

レイに釘を刺される。
大きさ、高さ、門や壁の装飾品。どれをとっても自分には縁のない上級屋敷だ。これなら中はどんな金ぴかなんだ。なんて庶民的発想をしていたら、その間にレイは呼び鈴を押していた。

マイクからは使用人とおぼしき人の声がして、レイが自分らの訪問と取り次ぎを伝えている。

それからすぐに開いた扉から出てきたのは、屋敷の主たるラクス本人だった。足元には沢山のハロを引き連れている。

「ようこそいらっしゃいました」
「こちらこそ、招いて頂き感謝します」

さすがは議長の近くに長年いただけのことはある。レイは手慣れていた。

「折角ですから、お二人のお名前をファーストネームで呼んでも宜しいでしょうか?」
「もちろんです」
「では、改めまして。レイ、それにシン。ようこそお越しいただきました。キラもお待ちかねですよ」

主自らの案内で、二人はエントランスに入った。

シンが想像していた成金装飾ではなかったが、見慣れない家具や絵画が並んでいる。花も綺麗に活けられ、洗練された匂いがするようだった。
辺りをきょろきょろしてシンに、レイのたしなめる視線が向く。慌てて正面を向き直した。


「―――あ、来たね」


二階からキラが降りてきた。
ラフな白シャツに黒のパンツ。
完全なプライベートスタイルだった。

「お邪魔させて貰います」
「…おじゃまします」

レイの挨拶に次ぎシンもぺこりと頭を下げる。

するとキラは何かを考え込むように口元へと手を当て、それからにこ、と笑う。それだと何だかしっくり来ないから、と呟いて、


「おかえり、二人とも。…待ってたよ」


家族を出迎えるのと同じ言葉で、シンとレイを招き入れたのだった。





それからは、「好きに過ごしていいよ」と言われて、自由に屋敷内を歩き回ることを許された。

客人として特別な招きを受けたというよりも、帰って来た場所みたいな気安さで空気が和み、最初は失礼があってはいけない物を壊してはいけないと縮こまっていたシンも、徐々に身体から緊張感を解いていった。

珍しいものだらけの屋敷を歩き回ったり、本物の緑の芝生に寝転んでみたり。キラの自室で対戦したり機体のレクチャーを受けたりもした。
レイは屋敷の書庫室が気に入ったのか、そこから本を持ってきて静かに読み耽っていた。

夕食の時間が迫ると、先輩達も合流した。

珍しい食材を差し出してきたディアッカに、母からだと花束を抱えてきたイザーク。ラクスと約束していたというハロを背後に侍らせてきたアスラン。

一緒に囲んだ夕食は久しぶりに賑やかで、明るさが絶えることはなかった。



深夜。
二人用に用意されたゲストルームのベッドに倒れ込み、シンは緩んだままの頬を枕に押し付けた。清潔な太陽の匂いがする。

「楽しかったな〜…」
「ああ」

着替えまで用意してくれていて、既に二人は風呂上がりの就寝スタイルだ。至れり尽くせりとは正にこのこと。ついさっきまでも、夕食後の団欒とやらでまったりと好きな時間を過ごしていたばかりだ。

どっかの旅行に来たみたいな解放感―――けれど自宅みたいな安心感。

彼らが時折ここに集まって時間を過ごす、という意味が、分かった気がした。遊びに来た以上に、ほっと出来る空間があった。

「おかえりってさ…、なんかいいよな…」
「…そうだな」

レイの声にも穏やかさが見えた。
幸せな気持ちを抱えて、シンは目を閉じた。







朝が来て、カーテン越しの朝陽を身体に浴びる。

すっきりした心地で…と言いたいところだが、シンは朝から少々ぐったりしていた。

何故なら、ハロが体当たりで朝食を呼びに来たからだ。ここでしか体験出来ない起こされ方を経験したせいだ。腹と耳が未だに痛い。

惰眠を貪っていたシンに向かい、元気良く弾んで腹に攻撃をしかけてきたハロ。それに悶絶していたら、まだ起床してくれないと勘違いした自立型ロボットは、耳元へと場所を移して大音量で叫びだしたのだ。「ゴハン!オキロ!ゴハン!オキロ!」と。その声量の衝撃にびっくりし、シンはベッドから落ちて頭を殴打した。

…ちなみにレイは無傷だ。その攻撃を喰らう前にとっくに起きていたらしい。その掌の中でもう一つ小型のハロがパタパタと揺れているのを、恨めしい目で見上げたシンだった。



廊下を歩いている途中、シンと同様ぐったりしているディアッカに会い、互いに何とも言えない表情で顔を見合わせたりもした。奇妙な友情が芽生えた気がする。

朝食の広間に入り、まず上がった第一声は「おはよう」ではなく。

「アスラン!お前、毎度毎度ああいう仕込みすんの止めろよな!」
「ちょうどいいアラームだろ?」

コーヒーを啜っているアスランへの非難。
どうやらお馴染みのことらしい。

「今回はもう一人分必要になりそうだったから、余分に連れてきてたし」

正解だったな、とにやり笑いを向けられ、シンは朝からカチンと青筋を立てた。
あのハロの群れはそのためか…!
ディアッカに負けず劣らず声を張り上げようとしたら、

「おはよう、シン」

…気概が萎んだ。

奥から焼きたてのパンを籠に乗せて運んできたキラの笑顔によって。

「…おはようございます」
「よく眠れた?」
「…無理矢理腹に攻撃されるまでは」
「ははっ。面白いモーニングコールでしょ?」

この屋敷ではハロも使用人の一人なんだよねぇなんて言って笑っている。
日常茶飯時なのかよ…。

「レイもおはよう」
「おはようございます」
「さ、食べよう。…イザークももう来るんでしょ?」
「多分な。大した用件もないだろうしよ」

椅子に座りながら、ディアッカは頷いていた。
現場を離れていても、朝の定時報告は欠かさない。イザークのいつもの習慣という話だ。

「姫さんは?」
「温室の水やりしてた。もう来るよ」

それから間もなくラクスが「おはようございます」と花を抱えてやって来て、それはダイニングの端を飾った。

その後すぐにイザークも顔を出したが、何となく不機嫌そうだった。気付いたキラが声をかける。

「イザーク、どうかしたの?」
「たるんでるな。心配な事ができた」
「平気?」
「問題ない。だが今日は一度あちらに顔を出してくる」
「そう…」
「悪いな」
「いいや。…仕方ないよね。じゃあまた次で」
「ああ、すまん。…ディアッカ、お前も午後から仕事戻りだぞ」
「はぁ!?なんで!」
「当然だ。お前一人休日を謳歌などさせるか」
「完全な八つ当たりじゃねぇかよ!」

何処吹く風。ディアッカの非難など丸無視で、イザークもまた席に付いた。ぶちぶちと恨み言を呟くも、「上官命令」の一言で勝敗は決する。所謂無駄な努力である。

いつもは先輩然としている彼らの会話が物珍しくて、シンは思わずまじまじと見詰めてしまう。これが年相応という奴か。…けれどすごく自然体な姿に羨ましいとも感じた。
「見てて面白いでしょ」とキラに耳打ちされ、「…はい」なんて気付かれないよう笑ってしまったり。


そうして朝食が始まった。

朝の清々しい空気。
広間に差す太陽の光。
とても暖かく、満ち足りた一日の始まりの風景がそこにあった。







昼過ぎに、イザークとディアッカは帰っていった。
シンとレイは昨日と同様の時間を思い思いに楽しみ、半日をここで過ごしたあと。

陽が沈む前に、と。
帰途に着く為クライン邸の外に出た。

「また明日、仕事場でね」
「はい。お世話になりました」
「すごく楽しかったです!」
「なら良かった」
「私たちも楽しかったですから」

本当に、充実過ぎる一日だった。離れがたく感じるぐらいに。今日もこのまま泊まっていければいいのに、なんて残念に思ったのは内緒だ。

キラはそれを汲み取ってくれたかのように笑った。

「またおいでよ」
「いいんですか?…迷惑とか」
「全然。何にも特別なことは出来ないけどね」

それが良かったのだとシンは思う。
きっとレイもそうだろう。
滅多に叶わない特別なんかじゃなくていい。
ただ笑って、食べて、過ごせればそれでいい。

また…、

「あの」
「ん?」
「…また、おかえりって言って出迎えてくれますか…?」


…―――もちろん。


二人はそう言って、微笑ってくれた。
最上の言葉の、約束と共に。





宿舎に戻る帰り道。

「あんなに大きい屋敷なのに、全然寂しい感じしなかったよな…」
「あの二人がいるから、そう感じたのかもしれないな」
「…そうだよなぁ」

人の数ではなく、誰がそこにいるか。
どんな気持ちで迎えてくれるか。

あそこは花の屋敷と呼ばれ―――そして誰かにとっての『家』となる。





(普段は寂しいだけの夕暮れの街の匂いが、とても懐かしく、温かいものに感じられた日)





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