41//瑠璃色のなみだ
…沈んでいく。
深い深い、碧の水の底へと。
重力に従い。
水の重さに導かれて。
眩しい水面に天上の光の幕が引く。
コポリ…微かに残った気泡が零れた。
肩が…痛い。
痛覚に意識が戻って原因を見たら、肩から赤い色がどんどんと流れ出ていた。
でも周囲は透明そのものだから、どんなに零したって色は青いまま。
……眩しい。
水の中に浸っているせいか、頭が酷くぼんやりする。
痛みも遠い向こうに行ってしまったみたいだ。
それにしても…、なんで僕は、こんなにものんびりと先の見えない青い闇の底へと沈んでいっているのだろう。
理由は、鈍くなった頭では思い出せなかった。
眩しい…。
なんでこんなに眩しいんだ。
僕の周りは一面の透き通る青の色。
それなのに目を射る光は鮮明な白。
太陽だろうか……あれは。
コポ…と気泡が現れ刹那で消える。
乱れてうねる髪が、海に漂う植物みたいに視覚も首も巻き込んでいく。視界が霞み掛ける。
どうして僕は、こんな底の無い場所へと沈んでいこうとしているんだろう。
なんでこんな処にいるのだったか…。
………。
……………そう。そうだ。確か。
まだ風を感じる何処かで…多分船の上か何処かで…、近くには何人かの人がいる中で…。
危うい殺気を感じたから、誰かの前に走り出たような。
途端に受けた激痛と衝撃に、いつの間にか視界は暗転。…いや、暗転どころか、気付いたら青い闇に囲まれていた。
赤い液体は、やっぱりその容量の絶対差で青に溶けて消えていた。
痛みはもう感じない。
痛みよりも………塩辛い…。
舌も咽喉もヒリヒリする。
ついでに目も染みる。
眩しさとダルさと息苦しさで、いつの間にか目を閉じていた。
気泡が生まれる。
目尻から何か暖かいものが流れ出た気がしたけれど、すぐに分からなくなった。
同じ塩の水。
起源の生まれた原始の場所に還れた雫は、そうして碧の大海の一部となる。
けれど少しだけ気になって。
薄らと目を開けてみたら。
眩しかった光が影に遮られた。
…―――――、……なんだ………、
小さいと思った影は、青と白の境目からぐんぐんとコチラ目掛けて距離を縮めて来た。
見えない…。
………勿体無い。
白かった光が虹色に見えて綺麗だったのに。
どうしてそんな黒いもので覆ってしまうの。
勿体無い。何も光の直下を通って沈んでこなくてもいいのに。
ああ…、……そうか。
貴方の陰は、漆黒だったか。
だったら仕方が無いか。
ただでさえ、髪も黒ければ腹も真っ黒いし。
………塩水の味が、一層濃くなる。
そろそろ……、…限界…、………か、
…―――――手を、伸ばした。
せっかく青い水の中で心地良く漂っていたのに、黒は本当に強引に僕を引き摺り上げた。
しっとりと、重力と水の重さに身体を浸している自分の身体。
囲むように、聞き取れないざわめきが行き交っていた。
………温かい大気。
ただ自分は、ぼんやりと空を仰いでいた。
ぼんやりと……取り止めのないことを考えていた。
…勿体無かった。
同時に、貴重だったな…なんてことを少し。
深い深い海の中から、見上げた光の斜線。
伸ばした指先にその光は届かなかったけれど。
貴方には届いただろうか。
このつたない指先に、いつだって強引に触れて掴み上げる貴方には。