「今日一日、僕は君の専属整備員になるよ」


今日は君の誕生日だからね、シン。

…そう言い、キラは笑った。





いつもと違う二人組に、周囲が目を丸くしている。それを、シンはいろんな意味で優越感を感じながら見詰めた。

…だって、キラさんが。

あのキラ・ヤマトが!!朝からずっと、シンの隣にいてくれているのだ!!

最初から最後まで、機体整備を一緒になってしてくれる。
技術的なアドバイスを、聞いたら答えがすぐに返ってくる距離で…つまりはすぐ近くで、言ってくれる。

お昼を一緒に食べ、シミュレーションの対戦をして、復習の為のモニターを一緒に覗き込み、あの穏やかな声で笑ってくれている。

一日整備員、と言っていながらも、役目を離れた就業後には二人だけの時間を満喫し、趣味の話、今まで見てきたお互いの昔話、これからの話を、尽きず語り合った。


一緒。一緒。一緒。
ここまでこの言葉を使ったのは初めてかもしれないというぐらい、一緒にいた。

一日ずっと、キラはシンの傍にいてくれた。
シンの為に、時間を費やしてくれた。

こんなにも恵まれた誕生日はなかった。


泣いてもいいと思えるぐらい、幸せな一日だった。







「…っていう夢を見た…」
「で、泣いてるわけね」

机に額をめり込ませ、これ以上沈みようがないと言わんばかりに負のオーラを漂わせているシン。

せっかくの誕生日の朝、清々しく「誕生日おめでとー!」と肩を叩いた瞬間ルナマリアが目にしたのは、全部の絶望を背負ったような幼馴染みの顔だった。
生まれた日なのに永眠するんじゃないかと本気で思った。…と、後に少女は語る。

「あほか。あの忙しい人が、わざわざアンタのために一日も時間を割くわけないでしょ。現実見なさいよ。知りなさいよ。あ、見たから目が覚めたのか」

ぐさりぐさりと言葉の矢がシンに刺さる。ますます暗い影を背負ってしまった。火の玉か。
反発心を煽ってみても、いつもの馬鹿みたいな前向き精神で立ち直ることもしない。

反動か…、とルナマリアは悟った。夢を与える神様も酷なことするなぁ…なんて思ってたら。


…捨てる神あれば拾う神あり。


「ヤマト隊長だ」
「!」
「アスランもいるけど」

勢いよく上がった頭は、二人を捉えるなり微妙な顔に変わった。

キラと一緒に歩くのは、アスラン。
アスランの隣には、キラ。
それが本来の、現実的な在るべき姿だ。

言葉を交わすようなやり取りの後、アスランはすぐにキラから離れて出ていった。
キラだけが、こちらに近付いてくる。
それを、ぼんやりと見ているシン。

…今のコイツには、この人の登場は薬となるのか毒となるのか。


「シン」
「あ…、おはようございます…」
「おはよう。ルナマリアも」

ヤマト隊長の笑顔は今日も通常運転。
癒されるなぁ。
さすが、某歌姫と合わさればお花畑製造機と呼ばれるだけのことはある。ほのぼのムードが醸し出される。

「おはようございます、隊長。今日もいい朝ですね」
「そうだね。空気が澄んでるね」
「ですよね。私も今日はいい目覚めでした」

爽やかな笑顔を交わし合うキラとルナマリアの中に、シンは入ってこない。いつもなら睨みの一つも寄越して来るというのに、今日は辛気臭く俯くばかりだ。

「なんかシン、暗い?いい朝じゃなかったの?」
「隊長。今のこいつにその言葉は凶器です」

ますますずーんと背を丸めるシンである。
…遊び過ぎたかな?
からかうのは楽しいが、再起不能にすると後々こっちが面倒を背負う羽目になるし。


「なんで?…今日はシンの誕生日なのに」


え。え。と、二人分の声が重なった。

「あれ?違った?9月1日」
「そうですが…、よく知ってましたね」

シンなんて、びっくりし過ぎて声も出ないようだった。

「いや、覚えてるよ?…それでさ、」

手に持っていた書類の影から、キラが取り出したもの。

「はい、これ。シンにプレゼント」
「え」

浅い箱のような形に、包装紙とリボン。

「気に入るか分かんないけど…開けてみて」

シンは嬉しさよりも驚きが勝っているのか、キラの催促に身体が勝手に動いているように見えた。言われるままに包装を解き、箱を開ける。

「………、…フォトフレーム…?」

そう、とキラは笑う。

「電子フォトフレーム。メモリースティック一つでOKなやつね」

白くシンプルなフレームの中央は、今はまだ黒く沈黙したままの液晶画面。電源を入れ、外から電子の情報を送って景色を映し出す。

「写真現像するの面倒とか言ってたし。これならデータを飛ばすだけで見られるよ」
「…あ…、ありがとう…ございます…」

ぎゅっと箱枠を握り締めたまま、シンは再び俯いた。今度は多分、プラスの意味で。
いつもなら全身で喜怒哀楽を表現する彼が静かに黙り込んでしまったことに、キラは首を傾げてしまっている。

「どうかした?」
「あー…いいんですよ、ヤマト隊長」

大丈夫ですから、と手を振る。

「シンの奴、嬉しすぎて放心してるだけですから」

もしくは、これは現実なのかと幸せを噛み締めているか。

呆れるほど単純なこの幼馴染みは、ある意味で幸せな奴だった。
あんな馬鹿な夢なんか見なくても、覚えててくれてるだけで充分じゃないか。

…まぁ、今日くらいはこいつの幸せオーラに付き合ってやるかな。

明るい光を呼び込み始めたシンを見て、そうルナマリアは思うのだった。





その夜。
キラの部屋へと、シンがやって来た。

手には昼間渡したばかりのフレームを持って。

不具合でもあった?と首を傾げたら、いえ、と呟き、あーとかうーとか視線をさまよわせながら唸り出す。キラは不思議そうにしながらも言葉を待った。

「…お願いが、あるんですけど…」
「なに?」

やがて意を決し、

「これ…、…キラさんの部屋に置いといてもらえませんか…」
「…気に入らなかった?」
「違います!スゴい嬉しかったです!」

ぶんぶんと必死に首を振る。
じゃなくて!と続け、

「俺が撮ったの…とか、キラさんにも見てもらいたいなっていうか…」

離れてても、送れるのが嬉しい。
見てもらえるのが。…共有できるのが。
だから、送ったものを受けとる場所として置いておいて貰いたいと。シンは訴える。

「ダメですか?…せっかく貰ったプレゼント、返すみたいで悪いんですけど…」

きゅうん…と垂れ下がった耳と尻尾が見えた。
後にキラはそう語る。本人無自覚の仔犬の眼差しに、キラが頷かないわけもなく。
困ったように眉を下げ、キラは笑った。

「いいよ」

ぱっと上がる満面の笑顔。

「それはもうシンのものなんだから、持ち主がどう使おうが自由だしね」
「ありがとうございますっ!」

一番のプレゼントです!!

全身から光のオーラを振り撒きながら尻尾を振るワンコ。頭を撫でてやりたい、と動物好きなキラが思ったかはともかく。

「シンが喜んでくれたのなら、僕も嬉しいよ」

やっぱり甘いんだよなぁと、温かい目になってしまうキラだった。



Dream Birthday
(9月1日)
(やっぱり、夢のような日)



その後。

「………」
「どうですか?ちゃんと映ってますか!?」
「………、……うん。映ってるね」
「良かった!」
「……でさ…、…なんでこれ…僕ばっか映ってるの…?」
「はいっ!遠目から見た時のキラさんもスゴくかっこいいってこと、キラさんにも知ってほしくて!」
「………、…ふーん…。……たまに見切れてるのもあるけど…」
「あー、これはアスランとかの影になっちゃったりした時ですね。あいつホント邪魔」
「……へーえ…」
「今度はちゃんと映ってるのをしっかり纏めてこれに送りますねっ」
「……そうだね。…送るだけなら問題ないもんね…」


哀れ。フォトフレームの電源は、その日から暫く、起動することはなかったという。



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