40//リスク オア デッド?





陽もとっぷり暮れ掛けた時分。
暗い崩れかけた洋館の前。

ごくりと唾を飲み込んで、シンは勇気の一歩を踏み出した。





いかにもゾンビが徘徊してそうだとか、地下には永い眠りについている吸血鬼の棺があるだとか。
もしくは巨大植物が獲物を今か今かと待っているとか…。
何処かの映画だかゲームだかをそのまま現したような廃墟。

今時こんなものが残されているのかと思うぐらい、ある意味くっきりはっきりと不気味な存在をアピールする洋館。

頭上ではカラスがぎゃーと鳴いては、ばっさばっさと雲の向こうに消えていった。


何でここだけ天候が暗雲に満ちているんだよ映画の舞台みたいじゃないかとシンは自らを奮い立たせた。



何で俺こんなところに…。
この時ばかりは、本当に後悔が寒気になって襲ってきた。

最近は、終業のたびに彼の親しい仲間と共にすぐに消えてしまうキラ。
話したい事も尋ねたい事も沢山あって、呼び止めようとした結果がこれだ。

キラの姿を見掛けたからって、ほいほいと追ってみたのは間違いだったのか。

白い軍服が鮮やかに闇に紛れ込んで消えたのを追い、牢獄のような槍のような、そんな柵と柴垣を越えてみたら、一軒…というにはあまりある屋敷に辿り着いたというわけだった。






ギィ…と、扉を開ける。


立て付けが既に錆びてしまっているのか、嫌な音と黴臭い匂いを撒き散らしてガコンと閉まる。



明かりは無い。
月明かりが足元を照らす程度で、入り口すぐの緩やかなカーブを描く階段の奥は、全くといっていいほど生き物の気配が無かった。


常備しているペンライトをカチリと付ければ、少しだけ光の領域が広がる。





チカ…



「…?」



廊下の奥で、何かが光り、横切ったような。


動体視力にはそれなりに自信がある。
見間違いではない…と思う。

ここに入り込んだキラその人だろうか。
それとも…。

探しているその人だという高望みは言わないから、せめて正体は住み着いた猫とか犬とか、そういうオチで終わって欲しい。つうか、そうじゃなきゃ認めない!この科学と現実に塗れた現代で!





一歩、進んだ。

こつんと自分の足音が響く。



一歩。
二歩。
三歩。

よんほ………。







タン、タン、タン、タン、




「……………」



…おかしい。


自分のものだと思っていた足音のタイミングが、少しずれている。


血の気がざあっと一気に引く。

一瞬の閃光を生きる戦闘中とは違う。
じわじわと這い登ってくる闇の気配が怖い。


「………」


近付いてきている…。
という感覚を、ばっちりしっかり意識せざるを得ない緩慢さで、音が大きくなって来た。







カン…、


カン…、





規則正しい金属音がこちらに迫ってくる。

シンは顔面蒼白で、逃げ出したくても凍りついたようにそこに立ち尽くした。





「…………。……………。………?」





いつの間にか音はピタリと止み、静寂だけが元通りに帰ってくる。

一体何だったんだ…。

それでも一先ずの危機を回避したことに安堵して、心臓を押さえた。

だが、これ以上廊下の先に進むのは止めようと、くるりと振り返った瞬間だった。







カパリ。

ギラリ。





「ぎゃ―――!!!」





なんか丸いアップいたーーー!!










「なんだなんだ〜!?」

「今の大声は一体誰だ!?」

「ああ!シン!?」

「俺のハロは何処に行った?」





バタンバタンと各所から扉を開け放して大広間に顔を出したのは、4人の仲良し組みだった。













「何でここにコイツがいるんだ」

「さぁ?」

「ああ、ここにいたのか」

「おぉーい。シン〜?生き返って〜?」



完全に目を回して失神しているシンをぐるりと取り囲み、4人それぞれの感想を。



キラはぺちぺちとシンの頬を叩き、耳元に手を翳して名を呼ぶ。

イザークは鼻を鳴らして腕を組み、呆れた顔を。

ディアッカはしゃがんでキラの反対側からシンを覗き込み。

「抜け出したら駄目じゃないか」と掌の丸い物体に話し掛けているのがアスランだった。



「どうしよう。目を覚まさない」

「面倒だから置いていけ」

「んな白状な」

「ここで置いていったら、起きたあと別の意味でパニックを起こすんじゃないか。…あ、こら、勝手に行くな、ハロ」



がやがやと煩い頭上に、覚醒は唐突に訪れた。

シンはハッと我に返り、自分の近くを見渡す。………数秒後。



「うわあぁぁ!?何であんたら俺の枕元に立ってんだー!?」

「やかましい。上司にその口の聞き方はなんだ」

バキッと殴り倒して、後ずさろうとする頭をイザークは停止させた。

「おおぅ…」と頭を抱えて悶絶するシンへと、そっと近付いたのはキラだった。

「大丈夫?…うわ、後ろ、瘤になってるよ」

失神した瞬間に小気味よく頭を殴打したのだろう。そういえばジンジンとイタイ。恐怖と驚きで麻痺していた痛覚が戻ってきた。

「あつつ…、平気…です…」

心配そうなキラの手をやんわり断って、シンは頼りなく笑った。
そんなことよりも!

「何でここにキラさんが…?…というか、皆揃ってる…」

上司とも同僚とも混ざりに混ざったメンバーが、目の前にずらり。

こんな、人の気配は愚か、生き物の気配も不気味に沈む廃屋なんかで。
…いや、そもそも廃墟なのか?ここは…。

その答えは、一番近いキラの笑顔だった。


「ここはね僕達の秘密基地なんだ」


にっこりと笑まれて、へ、と間抜け面を晒す。


「それぞれに部屋を持ってて、自分のしたいことをするのに丁度良い場所なんだよ。4人での話し合いの場にもなるしね」

悪趣味な…。
何もこんな、

「今、こんなボロい家で信じられないって思ったでしょ」

「っいえ!」

それぞれの視線に露骨に晒されて、びくっと肩が跳ね上がった。

「ま、素直な外見はそうなんだけどね。地下とか部屋の奥とか、少し操作をすれば立派な趣味の部屋に早変わり。むしろそういう不気味な外見が人を寄せ付けないから、秘密基地に相応しい」

「掃除が大変だけどなぁ。蜘蛛の巣なんてあちこちに」

ほらココにも、とシンがどっかりぶつかってしまっている壁のコーナーには、埃だらけの蜘蛛の巣が。

うわっと叫んで慌てて飛び起きた。
その瞬間、近くにいたアスランへとぶつかり掛け、掌の中のもののアップに再度晒される。

かぱりと開いた口。

「ぎゃあ」

「やかましい!下級兵!」

「いってー!」

ぐわんぐわんと音が皆無だった洋館の回廊に、怒声と叫び声が反響する。
煩いのはお前だよ、と思った2人がいたことは秘密だ。

「もしかしてシン、さっきハロに驚いた?」

指で示した白に近い球体に、シンはびくっとする。

「いえっ」

図星か…。
一人は苦笑、その他は呆れに溜息を付いた。

「でもそれじゃあ、あれ以上進まなくて良かったよ」

「え?」

「あの先の部屋にはね」

「機械オタクの集大成が山と積まれているからな」

「何だと…?」

「あんなごろごろとした物体が床を転がりまくってるんだぞ?…不気味と思わないほうがおかしい」

…それは確かにイヤだ。
こんな、何がいるのかも分からない薄闇の部屋の奥で、うぞうぞと床をのた打ち回っているものがいたらコワイ。コワ過ぎる。

「まぁまぁ。こんな処で口喧嘩してたら馬鹿みたいだよ。……そろそろ帰ろうか。シンの手当てもしなきゃね」



ただそれだけの鶴の一声で、一同は玄関へと向かって歩き始めたのだった。





そうして、シンの小さな勇気の旅は終わる。
まだまだ先輩達には叶わないんだと再認識。

……というか、あまり分かりたくない事情諸々もあったりなかったり…。

だが、不思議なものだ。
最初にはあれだけ怖かった空間も、人が沢山いるだけで変わるものがある。

彼ら4人は、本当に十色と呼べるぐらい個性が溢れている。
それぞれが通わせる雰囲気があり、更にそれが交わることで鮮やかな場が形成されていた。










…後に知った。


朝陽の中でのこの館の庭には、同じ色など存在しない程の多くの花々が咲き乱れるのだと。



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