38//夜がおりてくる
歓声。
拍手。
言葉。
おかえりなさいとこれからを望む声。
人々は、再び世界の再建に立ち上がった。
党首の遺志を継いだ少女も、それに応えて立ち上がった。
一国は、そうして光の賛歌を浴びた。
人々の騒がしいさざめきの輪から遠く。
その景色を、離れた場所から静かに見守り佇む影がある。
「行かなくて、良かったのですか」
「もう、僕の役目は終わったから。彼女の傍には、アスランがいる」
「キラ…」
「大丈夫。…どうしてそんな顔をするの?ラクス」
似合わないよ、君にはそんな、寂しい顔は。
それに、こんなにも喜ばしい祝い事の日に。
困ったようにキラは笑った。
「公式にはない同じ血統の姉弟がいるなんて、知られれば更に混乱を招くだけだ」
「でも…」
「オーブ首長国元首の子はカガリ・ユラ・アスハ唯一人。…今までも、これからも。この国を導いていくのは、彼女だ」
「影で尽力を尽くした片割れがいたことなんて、都合よく忘れて…か?」
「イザーク…」
サクと地を踏んで近付いてきた声に振り返る。
ラクスの隣にやって来て、腰に手を当て何処か憮然としていた。
「忘れて…なんて。カガリはそんなこと、しませんよ」
「だが、国民に英雄と呼ばれて賞賛を浴びるのは、あの二人だけだ」
「僕は…、褒められたくて闘ってきたわけじゃありませんから」
「それは…、そうだろうが…」
キラ以外の者達が憂うのは、その価値と結果に見合う評価が得られない悔しさだった。
先の大戦、英雄と讃えられたのはアスランだった。
この闘い、意志を継いで、それを果たしたと掲げられたのはカガリだった。
キラは…。
不穏分子、裏切りものとしての名前しか、歴史には残らない。………いや、名前すら。
「暫くは問題ないかもしれないけど、そのうちまた、お前を頼ってくんじゃねぇの?」
あー勿体無いと、ひょっこりディアッカも姿を現す。
それにキラは、苦笑を返すしかなかった。
「どうせ、あの王女さまだけじゃ頼りないものがあるしよ」
「アスランがいます。それに、彼女をフォローしてくれる人達も」
「けどなぁ…。…一番頼りにされてるのは、お前じゃないのか、キラ」
また、あの時と同様、誰の争いを見ることのない場所に、隠遁するつもりなのかと。
「世界がまた力を必要とした時に、僕はまたここに来ます。…二人の前に」
影の力で生まれ成した子供。
光に恵まれ育てられた子供。
運命の双子。
一人は再生の暁を齎し、一人は終幕の黄昏を引いた。
共にいたというのに、生きた軌跡の違う二人。
云うべきことなど少年には何一つなかった。
不満も。
望みも。
それを、仲間達は分かっているから。
「ま、仕方ないか…別にいいよな。…なぁ?」
「ええ」
ディアッカの相槌にラクスは微笑みで答え、イザークも否定はしないよう静観した。
「…?…何がですか」
「ちゃんと、知っている人はいますから」
「そういうこと」
「え?」
キラは、水平線に消えていく残光の眩しさに、一瞬目を細めた。
「俺達は、お前の活躍があってこその今があるってこと、知ってるし」
「キラの闘いも苦悩も、私達は傍にいて知っています。…いつかの時と同じに」
「…―――…――」
…感謝します。
眼を閉じる。………キラは微笑った。
「そうだね…」
得たものの大きさは、勝るとも劣らない。
暁を攫ったのが、彼女でも。
共に黄昏を見てくれる仲間がこうしているから。
もうすぐ、再生への終局が満ちる。
世界が、瞳色に染まっていた。