ある日。
シン・アスカの担当教官の一人として、キラ・ヤマトという人間が配属された。

歳の近いキラに、最初は勿論懐疑的だった。
机上の講義と口頭の指示だけを受けていた内は大して特別な人とは感じなかったシンだが。
キラの技術と知識を目の当たりにして、声が出なくなるほどに驚き、そして興味を持った。

自発的に接する機会が増え、何より優先して会いに行き、…つまり。


…―――なついたのだ。


技術的にも精神的にも、大いになついて走り寄るようになったのだった。





「キラさん!これから時間取れますか!?」
「シン…」

ひょこりと出された顔は喜色満面、パタパタと振られた尻尾が見えていた。
いかにも、な姿にキラは無下にも出来ず、結局は困り顔になってしまうのもいつものこと。

「また何かすっぽかして来たんじゃないの?」

ちらっと窺い見た時刻はまだ就業時間真っ只中である。

「大丈夫です!任せて来ましたから!」

それは押し付けて来たとは言わないか?と思いはしても、教え子に甘いキラは何も言えなかった。

「まぁ…誰かに迷惑かけてないなら…」

シンの表情がぱっと輝いた。
いそいそと歩み寄ってくる相手に溜め息を一つこぼし、役目をサボるのだけは止めなさいと上司らしい一言だけは一応釘として刺しておく。

はい!と返る声。満面の笑顔。
返事は素直なんだけどなぁ…なんて思いながらも、キラはそれ以上何も言わなかった。


だがキラは、後に甘かったと知ることになる。


とうとう、周りの人間がキレたのだ。主に彼の幼馴染みが。毎度尻拭いをさせられていた彼女の怒りは半端無かった。(目撃者談)

そしてシンに厳命が下った。
キラに会いにいくことは全面禁止。
通信も厳禁。同じ部屋にいることもダメ。

とにかくお前仕事しろ!!

フォローの余地なし。
最早身から出た錆と言う他なかった。







夜半過ぎ。
折角の七夕の夜なのに…としくしく涙しながらシンはパソコンを打つ。
就業中では終わらない量(自業自得)のため、自室に持ち帰っての残業となっていた。

一時間程前まで監視役として部屋で仁王立ちしていた幼馴染みは、もう寝る時間だと帰った後である。

ついでに、ここに何しに来ていたのか分からない友人達も、シンが混ざれないことを分かっていながら散々部屋で馬鹿騒ぎをし、手伝い気遣いの一つなく帰っていった。

ちなみに、彼らに向かい「なんか、今の俺とキラさんって、織姫と彦星みたいだよな」と呟いたら、友人達には大爆笑され、幼馴染みには思いきり殴られた。



「…終わんねー…」

期限は明日までではないものの、明日になれば更に課題を増やされるのが分かっているから、出来る限り終わらせなければならない。しかし減らない。泣きそうだ。

放棄したい。
でも怒られる。(自業自得)
無視したい。
けどキラさんに会いに行けない。(自業自得)

煮詰まる頭にせめぎ逢う反語。

ぐるぐるする思考の中で、その時ふと、音がすることに気付いた。

「…ん…?」

窓をコツコツと叩く音。
何だと思ってカーテンを開けたら、そこには見慣れた鳥型ロボットの姿があった。
ハッとして窓を開け放す。


…階下。暗闇の中、手を振るキラがいた。







「お疲れさま。夜遅くにごめんね」

私服のシャツの袖を緩く捲り上げたキラが、挨拶をするように軽く手を上げシンを迎えた。

「頑張ってる?」
「キラさん…なんで…」

出禁命令を受け、会うのは駄目だと厳命を受けたのに。

「駄目だって言われたのはシンでしょ?…僕は別に関係ないし」

進歩はどうかなと思って様子を見に来たんだ。
肩に降りてきた、いつもワンセットのトリィをくすぐりながらキラは言う。

「それからこれ」
「え…」
「夜食にでもして。食堂で作って貰ったから」

渡された袋を覗き込めば、サンドイッチが入っていた。

「多分徹夜になる量だったんじゃない?…あまり無理はしないようにね」
「…はい」

やばい。嬉し過ぎる。今が夜で良かった。
袋を握り締めてシンは俯いた。
一年後の約束を支えに頑張ろうとする彦星とやらの気持ちが、少しだけ分かった。

「そう言えば…」

キラはふと、夜の空を仰いだ。
シンも倣う。星がちかちかと瞬いていた。

「今日は七夕なんだっけ」
「はい」

今ならなおのこと、特別星が綺麗に見える気がした。

「知ってる?…七夕の夜に二人を繋いだのは、鳥なんだそうだよ」
「へぇ」

キラの訪れを知らせてくれたトリィは今、主の肩で不思議そうに首を傾げている。

キラと自分。七夕の神話に互いを重ね合わせるほどロマンチストなわけじゃないけど。
今夜はもう会えないと思っていた人に会えた。
それが凄く…噛み締めたくなるぐらいにとても幸せだった。


―――そう、隣にこの人がいてくれるだけで。


「どうかした?」
「いいえ!なんでもないです!」

はにかみながら、シンは真っ直ぐにキラを見返した。まだまだ頑張れそうな気がする。
同時に、

「やっぱりしばらくは、キラさんのとこ出入りしちゃダメなんですよね…」

顔を見たら、そのお許しの時までがとても長い気がして我慢出来なくなりそうだった。

「まぁそれは…僕にも落ち度があったわけだから、何とかならないか聞いてみるよ」
「ホントですかっ?」

今の自分の原動力が無くなるのは辛いのだ。それと合わせて、この作業地獄からも抜け出せるだろうか。嬉しさで調子に乗り、シンはついぽろりと余計な一言を言ってしまった。

「キラさんが来てくれたってことは、俺の罰ももう終わりで良くなる…とか…?」

ぴきっと何かが凍った。多分空気とかその辺。
「あ」と思って見詰めたキラの顔。
その口の端が、ゆっくりと持ち上がった。

「あれだけサボるなって言ったのにガン無視した結果なんだから。さすがにそれは…ねぇ?」

分かるよね?と笑っていない目が笑う。
はい!すみません!びしぃっと背筋が伸びた。

忘れてた!キラさんは上司!指導教官だった!普段はまぁまぁと宥め役に回る人だが、仕事に対しての意識は絶対に甘くない。

「サボっていた人間の意見が通るとでも?」
「まさか!」
「厳罰をくらわないだけマシだと思うように」
「ですよね!」

お互いを恋うあまり、自分らの役目を放棄してしまった天上の恋人達。その代償として、互いの逢瀬は一年に一度の限りあるものとなってしまった。

…が。
現代にその神話を重ねることは、少々難しい。
これは、とある時代のとある二人。
恋人でもなんでもない、ただの二人のお話。
神話と違うのは、夢中になりすぎて怠惰になってしまったのは彦星のみで、織姫は毎日真面目に役目をこなしていたということ。

また、

「もちろん、遅れた分の作業は全部シンにやってもらうからね」
「…はい…(泣)」

いつも彦星に喝を入れるのは、役目に堅実な織姫だったという。


そんな現実主義な現代。
ただ僅かに、希望があるとすれば。
空が晴れようが曇ろうが、例え雨が降っていたとして。望めば365日、いつでも互いに会いに行ける距離だということだろう。

…あくまで、織姫が許してくれれば、の話だけれども。


多分そんな、七夕のお話。





おまけ。

「ルナマリア達から聞いたんだけど」
「はい」
「僕らが七夕神話の二人みたいだとか言ったんだって?」
「う。いや」
「案外シンが夢見るお年頃なのは何となく知ってるけどさ」
「…うう…(恥ずかしい)…」
「まさか僕が織姫ポジションじゃないよね」
「え!」
「…それは何に対しての驚きなの…」



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