36//優しくしないで好きになるから
「キラは、私のことが好きですか?」
「好きだよ。当たり前じゃないか」
「まぁ、嬉しい」
何がどういう経緯でそうなったんだか、そこに集ったメンバーには分からない。
けれども今ここで問題にしなければならないのは、あっさりと「好き」を言葉にした少年の方だろう。幾人かはその光景に「あー…」と力が抜けていくのを感じた。
「き、き、キラさん!?」
しかし耐性も慣れてもいない人間にとっては、何故お前が赤面するんだと云わんばかりの狼狽振り。
「落ち着きなさい。ウルサイわ、シン」
スパンと一叩き。ルナマリアの一言にシンの飛び掛けた意識が引き戻される。こういう時は女性の方が冷静なものだ。…というより、真っ先にシンが反応したもんだから表に出るはずだった驚きが引っ込んだと言うべきか。
というのが、比較的冷静なイザークとレイの心中。
「愛の確かめ合いは終わったんでしょう。いい加減キラから手を離して下さい、ラクス」
「あら…、ご迷惑ですか?キラ」
「いいや。…ラクスは何だかいい匂いがするね。女の人って、皆こういうものなのかな」
花のような香りがすると呟いて、益々ラクスを喜ばせるキラ。
向けた忠告をサラリと無視されて、益々怒りゲージの溜まるアスラン。
何とも対照的な2人だ…と、少々の同情を溜息に込めるディアッカ。
「キラ…、お前もそうそう簡単に好きなんて言葉を振り撒くな」
「どうして?…アスランのことだって、好きだよ?」
「…っ…」
げほっと紅茶でむせかけて、汚いですわとラクスの冷めた目が。
「…キラっ…!…お前…!」
「なんでそんなに驚くの」
「だからそんな簡単に…!」
「…?」
「あのな、キラ。アスランの心配も分かってやれって」
ディアッカのフォローにも、キラの疑問符は止まらない。噛み砕いて言いってやることにした。
「お前の好きは周りにとって重くても、お前にとっては軽いもんだろ」
途端、キラの表情がスッと変わった。
心外だと怒りを孕んだような。
「言って悪いこと?誰かに迷惑を掛けてしまうなら自粛しなきゃだけど、その言葉で相手が笑ってくれるのならそれでいいじゃない」
それは…、…その通りだ。
「言わなければ伝わらないよ。それじゃ意味が無い」
真理であり、けれども最も難しい人間の心理だ。それを臆面も無く実行できる人間なんて、この世に何人いることか。
自分達の中では、「お前ぐらいだよ…」とアスランは呟いた。
「そもそもキラ、お前は大抵どんな奴でも好きだろう?」
「まぁ、そうだね。ここにいる人達は皆、大切な仲間だよ」
「俺…も、ですか!?」
シンが挙手。
大切という言葉に弱いお年頃。
勿論、とキラはにっこり笑った。
有頂天。
「調子に乗るなって言ってるでしょうが!」
「そこまで素直に返してくれるところも可愛くて好きだよ。シンもルナマリアもレイも、僕の可愛い後輩だから」
「…えと…。…シンじゃないけど、調子に乗っちゃいますよ…ヤマト隊長」
「うん。じゃんじゃん調子に乗っちゃって」
嘘ではないから。
女の子らしい染まり方に、キラだけでなくラクスもまた、「可愛いですわ」と笑った。
表情に変化は無いが、一応レイも嬉しいと感じているんだろう。…多分。おそらく。
お茶を口に運ぶ回数が増えてるし。
後輩3人をにこやかに見て会話するキラとラクスの横、ぼそ…とイザークが呟いた。
「いずれ刺されかねんな…」
「誰が?」
ディアッカがすかさず反応。
愛想振り撒きまくっているキラが?
「キラも、…もしかしたら俺達も」
「は?何で」
「自分で考えろ」
イザークの言葉に、分からなくもない…と頭を痛くするのはアスランだった。
キラにとっては、近くにいる人間ほとんどが、『好き』と好感を得る部類だ。
だが、と思う。
勘というか、長年の付き合いから見てきた経験で言うと。
キラは結構、好き嫌いが激しい方だと思う。
ただ、彼にとっての『好き』の部類に入る人間その他が、あまりに多く、その範囲が広いがために、人類皆友達のような雰囲気を醸しているが、実際は相容れないと思われる人物にはとことんキッツい。
たまーに、何か逆鱗に触れ、滅多にないキラの怒りを買うと、親しい仲間ですら、刹那的ではあるが負の部類に移動させられる。
余程のことがない限り、キラの懐に入らない人間なんているわけがないんだが…。
アスランはもう一度、深く溜息を付いた。
「もうその辺にしとけ、キラ。抗体の無い奴は、お前の言葉だけで墜ちるんだからな」
「…?…ん」
こくり。
「お前にとっては、敵だろうが命を狙われることがあろうが、とにかく誰でも『好き』なんだろ」
「側面だけでは、人は測れないよ」
「はいはい」
疲れた…と、テーブルに肘を付くアスランだった。
「じゃあ、ヤマト隊長は私の妹のこととかも好きですか?」
「そうだね。あまり会ったことは無いけど、元気が良くて明るくて、やっぱりお姉さんに似てるね」
「ありがとうございます!…うーん…、そっかそっかー」
何聞いてるんだよルナ!と、こそこそ耳打ち。
だって聞いてみてくれって言われたんだもん、とこそこそ返答。
「キラ、お前ってイザークの母親のことも、結構気に入ってなかったっけ?」
「なに!?」
「エザリアさん?…うん。大人の魅力って奴だね。知的でカッコイイ」
「キラ!貴様!」
「イザークに似て」
立ち上がり掛けた身体は、色んな意味でストンと元の位置に戻った。
「キラは大人の方が好きですわよね。マルキオ様にも、とても懐いていました」
「懐いていたなんて…子供みたいだよ」
「けれど?」
「…うん…、そうだね。傍にいると落ち着いた気持ちになれて、とても好きだった」
ETC…
ETC……
色々な人間を上げてみて、…それでもやっぱり、キラはそれら上げられた人々全員に、『好き』という判定を下した。
そんな中、今まで静かに聞いていたレイが問うた人物、
「ならばギルは」
「嫌い」
に〜っこり。
この上なく綺麗に綺麗に皮肉過ぎるほど綺麗に、キラは笑った。
『……………』
「…な…ぜ……、と…聞いてもいいです…か?」
レイにしては珍しく、歯切れが悪かった。
それもそうだろう。
だがその狼狽は、自分の慕う人間がマイナスの評価を下されたというよりも、今まで柔らかく空気を癒していた人間が唐突に、場を氷点下へと突き落としたという事実に対してだった。
「嫌いなものは嫌い。受け入れられないものは受け入れられない。それ以上の言葉があるかな?」
好きだと思うから好き。
先刻までの言葉の正反対。違わず正論だ。
「それはそう…です……、…ね」
それはそうですが、と言いたかったのだろうが、キラの笑顔に『はい』という態度を見せなければ、何かがいけないと直感的に悟る。
やっぱりキラのこと、まだよく分かっていないんだなとアスランは同情にも似た気分でレイの肩を叩いた。
やはり、先程思った自分の判断を、予め皆にも言っておくべきなのだろうかと思う気持ちが一つ…。
誰よりも長く親友、というポジションにいる自分が経験上分かること。
そう。
万人に慕われ慕うキラには『嫌いな人間などいない』というイメージから、さっさと脱却しろ、と。
そして、キラが一度人を嫌うと、それはある種の絶対でもって覆ることは在り得ない…と。