begin to be ...





…ゆっくりと、目を開ける。


「…―――…」


始めに感じたのは、緑の隙間から零れ落ちてくる木漏れ陽の眩しさ。
それからサラサラとした葉擦れの音。

ぼんやりと仰向けに寝転がったままのキラの頬を滑るように、光が揺れている。目覚めを向かえたばかりの眼には、少しだけ辛かった。

重なり合う葉の色は、大陽を透かしてもなお美しく瑞々しい緑色だ。
陽射しすら、淡い白に変えるグリーンリーフ。

「…?」

ふと、込み上げたもの。
寝てしまっていたせいで露になっていた額に触れてみる。そうして益々首を傾げた。

起き上がりながら木の袂でその違和感を辿っていたら、

「ここにいたのか」

さく、という踏み締める音がすぐ近くで聞こえた。

「…アスラン」
「昼寝か?…草だらけだぞ」

人の気配は、たった一つ。訳も分からず辺りをきょろきょろと見回していたら、どうかしたか、と再び問われる。他には誰もいない。

「今…さっきまでさ…」

誰か、と口を開きかけたら、ハラリと葉っぱが一枚落ちてきた。頭に乗っていたらしい。まだまだ葉が散るような季節でないのに。

それをなぞるように髪に触れれば、微かによぎったか細い幻。何かがそうして触れたような。

「………、……ゆめ、かな」

ぼんやりと視線を濁すキラの隣に、アスランは座り込む。暫く留まる気配がしたから、キラは再び横になった。

木陰にうずくまりながら緑の香りを吸い込む。

「経験したわけでもないのに、夢って見るものなの?」
「かもな。沢山の記憶が混ざって夢になる。覚えてなくても夢は見る」

ゆめ、と唇だけを動かして、顔の横の掌を見詰めた。

そう。
多分…―――夢を、見ていた。
沢山の贈り物を、この手のひらにのせた夢。

遠い場所で燦々と輝く、おめでとうを。
即席で作ってくれた、甘く優しいケーキを。
形を変えた、温かく静かな自然の造形を。
いつか果たしてくれる約束を。
曇り空を掻き消す、大陽の光を。
尽きない流星群への願いを。
言葉で伝えて開かれた、緑の世界を。

それから、多分、始まりの名前を。

いつか在った筈の皐月の世界。
自分を想ってくれる誰かからの、贈り物。

「でも…」

嬉しい筈なのに、酷く切ない。

「なんだろ…。…すごく、寂しい」
「嫌な夢だったのか?」
「…いや…」

多分、そうじゃなかったと思う。
とても心地好い温度が、そこにはあったから。

「なんかさ、もう残ってない昔の景色を見てるみたいな…。会いたくても会えない人とか」
「…嫌なことを思い出して泣いたんじゃないのなら、別にいいが」

気遣わしげな声に、ありがと、とお礼を言っておく。昔の後ろ向き思考全開な頃を振り返っているのか、アスランの表情は固いままだ。

「頼むから、昔みたいに一人で落ち込むなよ」

頭を撫でる手のひらに、つい微睡んでしまいながら、心配そうなその声に答えるためキラは小さく微笑んだ。

「…大丈夫だよ」

ころりと仰向けに転がって、新緑の隙間から覗く木漏れ陽に瞳を細める。
風を感じるために、温かな音を聞くために。

…静かに、目を閉じた。

だって僕は、一人じゃない。
こうやって傍らにいてくれる親友も、夢に見られる程の幸福な思い出もあるんだ。

何よりも、世界はいつだって綺麗だから。

すく傍のささやかな景色にだって感動出来る。
色の名前を言えて、写真に綴じ込めるように記憶している。
その景色の中にいる自分を―――、


「僕は、どんな世界の自分も好きでいられる」


夢は夢。
いつか見た筈の、あるいは辿るかもしれない、いつかの幻。
霞んで消えていくそれは、それでも切なく満ち足りた風景だった。


「大丈夫。…―――幸せ、だよ」


瞼の裏に伝わる優しい光。
目を瞑るたびに形を変えて蘇る。
景色から景色へ、渡り歩くように姿を変える。

産声を上げて、初めて世界を見たように。

広がるそれは、いつもその瞬間に鼓動を始めるのだ。





さぁ、眼をあけて。



そう…―――、ここは。










が生まれる頃の、

そうした世界








... fin




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