「休みだと?」
「そう。午後の半休と、二日間の休暇。あ、あと外出許可もな」

キラが止める暇もない。躊躇もせずにどんどん話を進めているディアッカである。

むしろ休みを取ってまでどうこうしたいとは思ってないのに。当人の気持ちなど完全スルー。
イザークの怒鳴り声がいつ発せられるのかと、キラはハラハラしていた。

「…理由は」
「誕生日だから」
「誰の」
「こいつの」
「……なに?」

イザークの目が細まった。
あ…まずい。そりゃそう思うよね。遊びに行きたいから会社を休ませて下さいと言ってるようなものなんだから。冷えた無表情が冴え渡る。

「キラ。…お前今日誕生日なのか」
「あ、うん」

もうそんなことを嬉しがる年齢でもないけど。
一応こくりと頷いた。

「お前自身は休みが欲しいのか?」
「……え…っと…」
「いるのかいらないのか、はっきりしろ」

そりゃ、休みが貰えるなら嬉しい。

「うん…まぁ…。…でも」

ちらっと上目遣いに伺ったら、ム、という顔をしたイザークと目があった。…やっぱり駄目だよね。

「いいだろ、少しぐらい。ってか今日ぐらい」
「………」
「もういいって、ディアッカ。他の人には何の関係もない日なんだから。特別扱いが許される理由にはなんないよ」

まして人一倍、性格的にも立場的にも規律を重んじるイザークなのだ。これ以上はただの子供のワガママになる。

ごめん、とイザークに笑い返しながらディアッカを引っ張っていこうとしたら、

「分かった」
「え?」
「申請は俺の方で出しておいてやる」

キラはディアッカの時以上に目を丸くした。

「いいの?ホントに?理由は完全にプライベートだよ?」
「…二回も言わせるな」

私的な休み希望で許可を与える、なんて言葉にするのも不本意だと言わんばかりの表情だった。イザークにとっては苦痛であるに違いない。

「…ごめん」

感謝よりむしろ謝ってしまう。
それを見てイザークは一瞬だけムッとした様子を見せたが、すぐに無表情に戻り、

「理由は、過重労働に対しての休養命令の一貫だ。…確かにお前は最近、休みが無さすぎだ」

驚いたようにイザークをじっと見るキラの肩を、ディアッカが叩いた。

「良かったな?…ま、多分大丈夫だとは思ってたけど」
「その根拠はどこから来てたんだよ…」
「理由がキラの為で、許可を出すのがイザークだから?」

本気で意味が分からない。へらへらと短絡思考で笑ってるようにしか見えないから複雑だ。
あ、そうだ、なんて呟いて、また何かを思い付いたように口にする。

「せっかくだし、イザークにプレゼントぐらいねだれば?」
「は?」
「まさかイザークも、休暇の許可をやることだけがキラの誕生日プレゼントになるとは思ってないよな?」

味気なさ過ぎだろ、ちっさ過ぎるだろ、と、珍しくイザークに迫り始めたディアッカ。
うわ。ヤバくないか。

だんだんと眉間に皺を寄せていくイザークは、それでも抵抗も反論も口にはしなかった。
イザークの心境が分からず、むしろ益々不機嫌になっていってる気がしてキラは焦った。

「いいよディアッカ!ないから!イレギュラーな休みが貰えるだけでも充分だから!」
「え〜…?…つまんね…」
「あのね、何度も言うけど!今は仕事中!業務中!私情は厳禁だろ!」

ハイハイと不真面目全開のディアッカの頭を、キラは再び叩きたくなった。今度は本気で。
これ以上ごねるようなら、足も出してやる。
…なんて心の中で拳を握り締めていたら、

「欲しいものがあるなら言ってみろ」

さっきと同様、会話を遮ってイザークがそう言った。…何だかいつもの彼と違い過ぎて、キラはまたしても固まってしまう。

「…いいの…?」
「なんでイザークだとしおらしいんだ…」

ディアッカのぼやきは無視した。

「俺が用意出来るものならな。中身は何だ?」
「あ…いや、ものっていうか…お願いしたいことがあるっていうか」

多分、かなりイザークは譲歩してくれている。
なのにこれ以上無理強いするのは…いや、ここまで来たら全部言ってやる。
ディアッカの根拠のない自信に影響されたのか。誕生日なんだし、そんな自分でもよく分からない理由に背を押され、キラは口を開いた。


「一緒に遊びに行きたい」


真面目な性格ありきのイザークの人柄は好きだけど、…やっぱりたまには友人らしい時間を過ごしたいと思う。

それは小さな願いなのか大きな我儘になるのか分からなかったから。友達として今日を特別に思ってくれるならと、少しだけ本音を出した言葉だった。


「…分かった」


短い返事。
さっきまでと同じ、抑揚のない声だった。

でも。
自分の立場を後回しにしてでも頷いてくれた。

もうそれだけで、誕生日マジックの力は凄いと感動するには充分だった。







そうして景色は、形を変えて手の中にやって来る。


ディアッカが見せてくれたのは、色取り採りの着物の海。
床一面に広げられたそれは、引くような裾の細部にまで美しい図柄が描かれていた。
そして、なるほど、と思った。

「ディアッカらしい答えだね」
「本物は無理だから、これで我慢しろよ?」

大陽と月と空と雲と雨が、そこにはあった。
さまざまな色や模様に姿を変えて、ただ一つの視界に映り込む。

「相変わらず、似合わない趣味だな」
「うるせー」
「だが、この文化的価値は評価に値する」
「なんで上から目線なんだよ」
「まぁまぁ」

これがイザークなりの誉め言葉なのだ。
それも多分、最上級の。

…二人の横顔に、キラは微笑む。

楽しくなり、嬉しくなって。
二人と共に、二人の間にいられること。
軽口を叩きあい、口喧嘩を仲裁しているこの時間すら、大切で得難いものに思えた。
この居場所が、絆だ。


木の香が溢れる。

木の影が窓越しに揺れている。


「さすがに葉っぱの柄はないんだ」
「想像してるようなヤツは、あんまりないな」
「そう…」
「装飾には使いにくい柄なんだろう」
「少なくとも俺は持ってないし」

悪いな、と言うディアッカに首を振り、キラは満足した笑みを口元に描いた。

「いいんだ。新緑っぽいものが隣にあるし」
「あ?」
「…?」
「どんな色も柄も綺麗だよね。…僕はさ、暑苦しいお日さまも冷たい星も、みんな好きだし気に入ってるから」

不思議そうな表情を崩さない二人に、キラはただ笑った。


新緑の季節に掛かるもの。大陽も月も空も雲も雨も、皆そこに掛かって薫風を纏う。

一面の花畑も一面の紅葉も綺麗だけど、一面の緑もまた特別に綺麗なんだ。生命の瑞々しい大地に囲まれて、萌木が盛りと枝葉を揺らす。


再び始まった、若木にも負けない口論に耳を傾ける。

心を浄化する空気を肺いっぱいに吸い込んで、友人達に貰った景色を目蓋の裏に閉じ込めた。





... close eyes


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -