please, open eyes ...
「キラ、起きてください…キラ」
優しい声と揺さぶりに、薄く目を開ける。
自分を覗き込む桜色の髪。
その肩越しに流れ星が落ちた。
打ち寄せる波の音が聞こえて、キラは今自分がいる場所を思い出す。
「風邪を引いてしまったら大変です。まだ身体が本調子ではないのですから」
「ん、ごめん」
肩にぱさりと掛けてくれた上着を掻き寄せる。
「こんなにゆっくりとした時間を過ごすの、久しぶりだったから」
小さく笑えば、ラクスは切なそうに目を細めた後、何も言わずに隣に腰を下ろした。
昼間は暑さに包まれる島も、陽が暮れた今の時間には涼しい風が吹く。
ラクスは自分の髪を押さえながら、キラに寄り添い目を閉じた。
「いい風ですね。…ここには優しい時間が流れています。心と身体を癒すには、とてもいい場所で」
「…そうだね…」
停戦を経て地球に降りたキラとラクスは、提供された孤島の別邸で休息の時間を過ごしていた。
宇宙空間で負った傷は大分良くなったものの、まだ完治には至らない。どちらかと言えば、精神的なものが負荷になってしまっていることは、誰に言われずとも分かっていた。
今はただゆっくりと、時が流れるままに日々を過ごすことが一番の薬だった。
何がある島というわけでもない。
ただ、海と空と温暖な風だけがある。
しかしそれが、最も必要で、貴重なものであることもまた分かっていた。
キラは、取り分け海を気に入っていた。
打ち寄せる波の音は、木々の葉擦れの音にも似ている。
人工的な景色はほとんどなく、自然に任せるまま時が流れていく島。
「星の数が、すごいね」
曇り空が滅多にないから、それはよく見えた。
毎日のように降り出すスコールのおかげで大気も澄んでいて、光は遮られることなく地上に届く。
「そうですわね。見える星座も凄いですが…流れていく星の数もまた多い」
落ちていく星々。水平線に沈んでいく天の川。
鏡のように夜の色を映して、砂浜に尽きることのない波を届ける深い色の海。
今のキラの一番の楽しみは、夕暮れから黄昏時を経て変わっていく紺色の夜空を眺めること。
暗闇にならなくても、地上に邪魔する光が無ければ星は見えるのだと知った。星は、毎日こんなにも沢山、軌跡を描いて消えていくのだと。
「キラ」
「ん?」
ラクスはただ一点、星の輝く地平線を見詰めている。弱さも迷いも、哀しみも嘆きも、一緒に乗り越えてきた横顔。
打ち寄せる波の音に交ざり、声は届いた。
「生きていてくれて、ありがとうございます」
星がまた一つ、流れていった。
「ラクス…」
「…なんて、傲慢な言葉でしたでしょうか?」
寂しげな笑みに、キラは首を振った。
「何度感謝しても、したりない。色んなものに…人に、星に…尽くせない感謝を送りました」
もう一度ラクスは「生きていてくれて、ありがとうございました」と呟き、
「…うん。…ラクスも、傍にいてくれてありがとう」
言葉になんて変えられないぐらいの感謝を、キラは返した。
「生きてここにいる自分が不思議でさ…、迷ったり…いろんな自分を疑ってきた闘いだったけど…」
あの、最後に見た星の光。
「生まれてきて良かったって、今なら思える」
生きていることに感謝する。
またこの日を、迎えられたことを。
…ねぇ、ラクス。
「流れ星に、何か願ってみようか」
僕はとても、贅沢な人間だ。
傍には大切に思う人がいて、目の前には美しい流れ星の海。願いを叶えてくれるものは、すぐ近くにいつもある。
「キラには、生まれた日に願いたいことがありますか?」
「うん。…あるよ、たくさん」
手のひらに掴めるものも。目に見えるものも。
こぼれ落ちていくものも、いつの間にか消えていくものも。
言葉に出来ないものだってある。
…多分それは、形にすらならない感情。
言葉にしないで、心の中だけで強く祈る。
「目をつぶって願えばさ…叶う気がするんだ」
「流れ星が見えなくなってしまいませんか?」
「大丈夫。…だって、ここには、」
数え切れない流星群が、降るんだから。
そして目の前に広がる星の大海。
目を開けて見えた夜には、奇跡の星が変わらずに流れ続けている。命の誕生にも、燃え尽きていく命にも等しく輝く光のきせき。
願った時にはいつだって、流れ星が空の何処かにあるだろう。
「どれか一つぐらいは、僕たちの願い事を拾ってくれるかもしれないね」
いつか見付けてくれるかもしれない。
空に散る花と、海に眠る花。
一つぐらいは、心に残ってくれるだろう。
世界の片隅で二人、世界の果てを見守りながら生きていく。
キラは、世界をうつして眼を閉じた。